ニューロンとシナプスに似た動作を示す新型のスピントロニクス素子を開発――脳を模した新型コンピュータ開発に期待 東北大

ニューロン(左下)とその特徴的な機能である積分発火(左上)の模式図

東北大学電気通信研究所は2019年4月16日、脳の神経回路網を構成するニューロンとシナプスに似た動作を示す新型のスピントロニクス素子を開発したと発表した。この素子を用いることで、生体の神経回路の機能を人工的に再現できる。これを発展させることで人間の脳のように柔軟な認識や判断、学習や記憶ができ、かつ常に変化する環境への適応性やエネルギー効率に優れた全く新しいコンピュータの開発へと繋がっていくと期待される。

集積回路は飛躍的な発展を遂げ、今日の高度情報化社会の基盤となっている。一方で人間の脳は、集積回路とは全く異なる構造と情報処理様式を用い、極めて小さなエネルギーによって認識や判断、学習や記憶など高度な情報処理を実行している。近年、情報処理装置に脳の神経回路網(ニューラルネットワーク)の構造や動作機構を取り入れることで、その性能を向上させようとする取り組みが活発化している。

脳の模倣には様々な方法が考えられる。脳の情報処理様式にヒントを得たプログラムを既存のハードウェアで実行する、ディープニューラルネットワークなどの人工知能技術は、すでに社会で利用されている。今回の研究は、その対極に位置する模倣形態の1つ「スパイキングニューラルネットワーク」を対象としている。

スパイキングニューラルネットワークは、ニューロンが発生するスパイク状の出力(活動電位)を信号として用いるニューラルネットワークだ。このニューラルネットワークでは、ニューロンやシナプスの時間的な応答が重要で、これらの機能を実装することにより、既存のデジタルコンピュータのようにクロックを用いることなく非同期的に情報の処理や状態の更新ができるようになる。

スパイキングニューラルネットワークの実装では、ニューロンとシナプスの時間的な応答まで再現できる新概念のハードウェアユニットが必要だ。ニューロンとシナプスを同じ材料で同時に形成できれば、スパイキングニューラルネットワークハードウェアの開発が容易になる。しかしニューロンとシナプスはその機能が互いに大きく異なるため、これまでは全く異なる材料を用いて、それらに似た挙動を示す素子が別々に開発されてきた。

今回の研究では、反強磁性材料と強磁性材料を積み重ねた材料系を微細加工することで、ニューロンに必要な機能を発現する素子とシナプスに必要な機能を発現する素子を同時に形成できることを示した。そして、ニューロンの典型的な機能である積分発火(接続されている他のニューロンからの信号の時間的な総和がある閾値を超えると発火し、軸索からシナプスを通して信号を他のニューロンの樹状突起へと伝える)や、学習と記憶におけるシナプスの特徴的な機能であるスパイクタイミング依存可塑性(シナプスの前後に位置する二つのニューロンの発火のタイミングに応じてシナプスの結合強度が更新される機能)に似た動作を「スピン軌道相互作用」と呼ばれる量子相対論的効果を利用することで実装した。

(左)シナプスとその特徴的な機能であるスパイクのタイミングに依存した信号伝達効率の変化の模式図。(右)今回開発したスピントロニクス素子での実験結果

スパイキングニューラルネットワークは、現在の人工知能と比べて、時間的な変化が重要な情報の処理や予測などに特に有用だと考えられている。今回の研究によって、スパイキングニューラルネットワークの基本構成要素である人工ニューロン素子と人工シナプス素子がスピントロニクスの原理を用いて開発できることが示された。今後は、これらの基本構成要素を組み合わせた回路ユニット、ブロック、システムへと発展させていくことで、音声や動画などに代表される時間的に変動する情報を低消費電力で高速に処理できるシステムや、学習と記憶によって使えば使うほど賢くなる、使う人や環境への適応性に優れる情報処理端末などの開発が期待される。

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