北海道大学、関西大学、東京工業大学は2019年5月7日、モータータンパク質とDNAからなるオリガミを組み合わせることで、化学エネルギーを力学エネルギーに直接変換する「分子人工筋肉」の開発に世界で初めて成功したと発表した。オリガミとは、非常に長い一本鎖のDNAを一筆書き状に折り畳み、これを多数の短い相補的なDNAで形を固定化することで、メゾスケールの望みの構造体を作る技術だ。
現在、超スマート社会に向けて、人工知能(AI)や情報通信技術(ICT)により進化するサイバー空間(仮想空間)とマテリアルの革新によるフィジカル空間(現実社会)の融合が求められている。特に、仮想空間からの情報を現実世界に作用させるアクチュエーター技術の開発が強く望まれている。
これまでは有機材料を用いたソフトアクチュエーター(人工筋肉)が数多く開発されてきたが、比出力特性(重量当たり出力)や設計サイズの自由度が低いこと、電気エネルギーに依存することなどが課題だった。これらの課題を解決する物質として、再生可能な化学エネルギーを一般的な電磁モーターの20倍の効率で力学エネルギーに変換する生体由来の分子機械「モータータンパク質」などが近年注目されている。
しかし、ナノメートルサイズのモータータンパク質をマクロな構造にまで組み上げることは難しく、高いスケーラビリティやデザイン性・造型性をもつ合理的な設計法の確立が求められていた。北海道大学大学院理学研究院の角五彰准教授などの研究チームはこれまでも、ロボットの三要素のアクチュエーター、センサー、プロセッサーをそれぞれモータータンパク質とDNAを化学的な手法で組み合わせることで、外部からの信号に応答して自発的に群れをつくる世界初の「分子群ロボット」を開発している。今回、この分子群ロボットと同じ素材を使って、分子パーツから組み上げることにより数千倍までスケールアップし、実際に駆動することを実証した。
研究チームは、DNA二重らせんを6本チューブ状に束ねたDNAオリガミ構造体を設計し、側面から39本のDNA鎖が生えた構造体を作製。さらに、化学的な手法により、相補的なDNA鎖を修飾した微小管を作製した。このDNAオリガミ構造体とDNA修飾微小管を混合させたところ、微小管が放射状に集合化した「アスター構造」と呼ばれる集合体が形成されることを発見した。
このアスター構造にストレプトアビジンタンパクで四量化したキネシンを加えたところ、アスター構造がさらに集合化してミリメートルサイズの網目構造が形成された。最後に、動物や植物、菌類からバクテリアまで全ての生き物が利用する再生可能な化学エネルギーのアデノシン三リン酸(ATP)を付加したところ、元の大きさの1/40になる急激な収縮運動が観察された。また、DNAオリガミ構造体を加えない場合でも似たような収縮は起こるが、DNAオリガミ構造体を加えた場合の方が収縮速度がおよそ18倍速かった。
今回の実験結果はDNAオリガミ構造体を介して微小管の高次の階層構造が形成されていることを意味している。この研究で得られた収縮する系は、人体で心臓や内臓などを動かしている平滑筋を模倣した分子人工筋肉と言える。
今回得られた分子人工筋肉は、電気を使用しないうえに磁場にも影響されないことから、生体適合性の高い安心安全な医療用マイクロロボットのアクチュエーターとしての利用が考えられる。さらに、高い比出力特性・スケーラビリティを活かした昆虫型ドローンなどの動力源としての利用も期待される。