~「水素社会」の実現に向けて、FCVと燃料電池の最新事情をエンジニアリングの視点から読み解く~
本記事は、エンジニア専門の人材紹介会社メイテックネクストへの取材を通じて、FCVと水素社会に関する技術動向と転職市場を連載でお伝えしていきます。
今回は「FCVと燃料電池が目指す水素社会」と題し、究極のエコカーとも言われる燃料電池車開発の最前線や、日本が国策として取り組む水素社会実現に向けての課題、求められているエンジニアなど、最新技術や関連業界を目指すエンジニアのキャリア形成に参考となる情報をお届けしていきます。
第1回目では「水素社会の実現に向けた官民の取り組み」、そして第2回では「FCVと燃料電池の現状と課題」を取り上げ、水素エネルギー利活用の意義や水素社会実現に向けた様々な活動に触れました。第3回目で最終回となる今回は「FCVと燃料電池に関連する求人事情」について、メイテックネクスト 関西支社CAグループの服部氏にお話を伺いました。
――今回は、FCVや燃料電池に関連する企業でどのような開発が行われているのか、それに関してどのような求人情報があるのか、についてお尋ねしたいと思います。
[服部氏]燃料電池開発は、日本の産業の中でも高度な技術分野であり、ケミカルなど原料メーカーの方や、機械、電気系のエンジニアを含めて、この領域へと転職しようとされる方は増えてきています。
では、燃料電池では具体的にどのような開発があるかというと、例えば燃料電池のスタックではスパッタリングという手法が使われますが、これはこれまで自動車業界では使われていなかった技術です。ロール状に巻いた基板を使って、連続して薄膜を製造するロールツーロールと呼ばれる製造方法で、半導体業界や印刷業界、ディスプレイメーカーなどで要素技術として培われてきたものです。
車載用の高圧水素タンクの開発もあります。一般的なプロパンガスのボンベは14MPa位の圧力で使われているのに対し、水素はその5倍の70MPaで圧縮して貯蔵されます。水素による脆化を防ぐために、樹脂タンクを使っていますが、それを補強するための炭素繊維をつくっている企業も高圧タンクの開発を進めているのです。樹脂を扱う関係から、自動車の内装サプライヤからも、高圧水素タンクの開発という案件で求人が出ています。炭素繊維で補強する高圧タンクをどのように成型するのかまで考えると、内装メーカーの強みが生かされます。また、材料の要素技術や製造プロセスなど、これまで自動車とは関係のない業界のエンジニアもFCVの開発に携わるような技術シフトが起きていると見ています。
FCVや燃料電池の開発には、自動車業界以外のエンジニアも求められている
――FCVや燃料電池で新たに搭載される部品の開発に、これまでとは違う業種から参入してきたり、類似技術をもった部品サプライヤが守備範囲を広げる形で取り組むケースがあるということでしょうか。開発の中心にいる自動車メーカーの求人はどのような状況でしょうか。
[服部氏] FCVには、高圧水素タンク、空気中の酸素を反応用に供給するためのコンプレッサー、そして燃料電池とバッテリーといった、これまでとは異なる新しいコンポーネントが組み合わされて搭載されています。どのような要件で、どのようなスペックの車を作るのか、各コンポーネントのバランスを決めなければならない場合に、新規部品が多いため、決定すべきパラメーターが多くなります。燃料電池で作り出す電気と、バッテリーに充電されている電気と、いつどの電気をどう使えば最適なのか、そのためにどのようなスペックの水素タンクが必要なのか、こうしたバランスの最適解は、自動車メーカーがシミュレーションして検討するわけです。
そうなると、MATLABを使ったシミュレーションができるエンジニアや、データサイエンティスト、予測変換モデルが作れるエンジニアも必要になってきます。いま自動車業界でも、特にこのFCVや燃料電池の開発にエンジニアが集まり始めています。各メーカーの投資が集中し、エンジニアとしても技術開発が楽しめる業界として選ばれている、そういう大きな流れが生まれています。
――転職市場において、いま自動車業界は注目されているということでしょうか?
[服部氏]特にFCVやEVは、注目を集めています。弊社の転職支援サービスに登録頂いたエンジニアの方々と面談をしていても、各メーカーがどのような開発をしているのか詳細を知りたい、コアな情報を知りたい、という方が多く、アンテナの高さを感じます。
[服部氏]実は燃料電池というキーワードは、FCVから広まったわけではなく、10年前に「エネファーム」と呼ばれる家庭用燃料電池コージェネレーションシステムが登場、普及したことによるものです。燃料電池関連は、エネファームからFCVへと拡大しているトレンドで、見込みのある成長産業だという認識があります。
コロナ禍の中でもFCV関連の求人は堅調
――自動車業界では、新型コロナの影響を受けて、設備投資を控えるような動きも聞かれますが。
[服部氏]自動車メーカー、部品メーカー、化学メーカーの自動車向け事業などは、最近のコロナ禍の中にあっても、燃料電池関連の領域の求人だけは引き続き出しており、各社の事業として止めてはいけないという動きと紐づいていると見るべきです。特に素材系のメーカーでは、触媒や無機材料を手掛けている金属関連企業が、求人を出しています。これまで自動車関連としてはあまり耳にすることがないメーカーであっても、その会社がもつ技術に興味を持たれて転職されている方がいらっしゃいます。
――採用活動は活発なようですが、どのようなエンジニアが求められていますか?即戦力を求めているのか、ある程度はポテンシャル採用もあるのか、いかがでしょうか。
[服部氏]自動車メーカーが自社で技術を持っていない、ケミカル関連のエンジニアを採用しようとするケースがあり、第2新卒から中堅まで広く求められていました。ただ、ケミカル関係では多くの場合、ブレンド技術、制御技術、成型など、技術がかなり難しいので、ポテンシャル採用よりは、即戦力となる一定の経験者を求める傾向があるようです。
――FCVに限らず、燃料電池、さらに水素製造全般では、どのような状況になっていますか?
[服部氏]燃料電池コージェネレーションシステムには、家庭用と産業用があります。家庭用はもう普及が始まっていますが、エネファームは水素脆化のためか交換寿命が短く、初期費用よりもランニングにコストがかかると言われています。今後導入率を高めるためには、FCV同様に技術開発によるコスト低減が求められています。
産業用システムは、ここ数年で開発に関する情報が出始めたような状況です。産業用として燃料電池をどこにどう使っていくのかというニーズがまだ明確になっておらず、研究開発関連の求人が出ていました。家庭用に比べると、まだ様子見という段階なのかもしれません。
――モビリティ関連と水素社会関連で、求人の比率はどれ位なのでしょうか?
[服部氏]モビリティ関連が9割と、大半を占めています。水素インフラについては、関連する法律から一気に変えないと事業として成り立ちません。造船メーカーなどが大型の水素製造プラントを作ったとして、そこから水素をどう運ぶのか、水素として運ぶのか、改質して水素を取り出すのか、サプライチェーンマネジメントをどう作っていくのかによって、今後の状況は変わっていくと思われます。ガソリンスタンドや物流を持っている石油大手各社が、水素ステーションまで原料を運んで、水素を製造するような形態であれば、普及スピードは速いと思います。
求人の大半は自動車関連、一部に水素ステーション関連も
[服部氏]水素インフラや製造プラントの領域でも、水素ステーションの求人は出ています。水素ステーションでは大型高圧タンクや水素製造装置、高圧で車に充填する装置も必要ですから、それぞれのメーカーも受注が増え、開発案件が増えているという状況にあります。先日も、水素ステーション関連でコンプレッサーメーカーから急募の求人が出ました。
石油化学コンビナートとして、水素の利活用を検討するプロジェクトの求人も出ています。エネルギー会社は、石油そのものの調達網を持っていますが、水素を製造して供給するとなると、重工やプラントメーカーと事業提携し、水素サプライチェーンを作っていく流れが増えていくと見ています。水素を液化してトレーラーで輸送するようなケースでは、現在液化窒素や液化酸素を手掛けているガスメーカーが、液化水素を新たなサービスとして提供するビジネスが増えてきています。
――転職市場として、FCVや燃料電池関連をどのように見ていますか?
[服部氏]原子力発電所のプラントマネジメントをやっていた方で、将来のことを考えて水素プロジェクトの案件で成約されたケースもあります。コンサバティブな世界から、どうなるか分からないけど面白そうという、チャレンジングなマインドで応募される方もいます。
プラントメーカーは元々電力会社がお客様であり、発電所などのストックビジネスと呼ばれる一定のメンテナンス案件があるかどうか、というビジネスモデルでした。それが水素ステーションを作るとなった場合、ビジネスモデルから再構築しなければいけません。
エンジニアがチャレンジできる領域としてFCV、燃料電池に注目
[河辺社長]FCVも燃料電池も、量産に移行してしまえば、エキサイティングな求人は減っていくでしょうから、今はチャンスだとも言えます。自動車業界のエンジニアは、FCVと共にまた新しい未来が見えてくるのでは。水素社会の未来が描けるのであれば、自動車業界はまだまだ需要が見込めます。従来からの基幹領域のエンジニアの皆さんが不安に思うよりも、燃料電池にかけるという想いがあれば、梯子を外されることはないと思います。
地球環境のことを考えると、日本でも命に係わるような暑さを感じたり、大雨による洪水災害が起こったりと、エコロジーや環境保護は、明確な志望動機になります。水素社会の実現は、各国のエネルギー政策とも密接に関係しており、人材ビジネスをやっている私たちとしても、水素社会の実現に向け、進んで欲しいと思っています。2030年、2050年にむけて産業構造も変わっていくでしょうし、より良い世の中を作るため、働き甲斐をもってやれるチャンスが広がっていると思っています。
水素おすすめ求人
河辺 真典(メイテックネクスト 代表取締役社長)
生産技術エンジニアとして5年、リクルートエージェントでキャリアコンサルタントとして8年の勤務経験あり。
弊社のコンサルタントは、転職支援のノウハウと業界・技術知識の両方に長けております。
その上で、単に転職先を決めるだけでなく、
転職先でご活躍いただく「失敗しない転職」をご支援するように心がけております。
服部建太(メイテックネクスト 関西支社CAグループ)
京都大学大学院を卒業後、LNG基地のプラントエンジニアを2年経験の後、現職。
「求職者の人生観」に「企業の立ち位置分析」を掛け合わせたキャリア提案を強みにしています。
「業界の中のこの会社、会社の中のこの部署…」と構造的に立ち位置を把握することで、表層的な関心よりもさらに深く、自身がもたらす影響力・やりがいを具体的にイメージいただき、納得度の高い転職へと支援させていただきます。
取材協力
ライタープロフィール
後藤 銀河
アメショーの銀河(♂)をこよなく愛すライター兼編集者。エンジニアのバックグラウンドを生かし、国内外のニュース記事を中心に誰が読んでもわかりやすい文章を書けるよう、日々奮闘中。