「マクスウェルの悪魔」に基づく世界最速の情報エンジン、従来より性能が10倍以上も向上――「情報」を「仕事」に変換

カナダのサイモンフレーザー大学は、「情報」という新しい種類の燃料を利用する非常に高速なエンジンを設計したと発表した。この研究は、2021年5月18日付で『米国科学アカデミー紀要(PNAS)』に掲載された。

このエンジンは「マクスウェルのデーモン(悪魔)」と呼ばれる思考実験を実現したもの。1867年に物理学者のジェームズ・クラーク・マクスウェル氏が提唱したこの思考実験で仮想されている「デーモン」とは、気体分子の動きを観察できる架空の存在だ。

思考実験では、温度が均一である気体で満たされていて完全に密閉されている箱の中を、壁で2つに仕切り、部屋Aと部屋Bに分ける。このとき個々の気体の分子の速度は必ずしも均一ではなく、部屋を仕切る壁には開閉可能な小さな穴が空いている。デーモンは、速く動く分子のみを部屋Aから部屋Bへ、動きが遅い分子のみを部屋Bから部屋Aへと移動させるように、仕切りの穴を開閉する。すると、やがて速く動く分子のみが部屋Bにとどまり、デーモンは仕事をすることなく部屋Bの温度を上げることができることになる。これは熱力学第二法則である「エントロピー増大の法則」に矛盾する。

この問題は長らく議論されてきたが、21世紀に入って、「情報」の概念を非平衡統計力学の成果に取り入れることで、デーモンと熱力学第二法則との整合性を完全に理解できることが明らかになった。マクスウェルのデーモンのモデルのうち、最も簡単かつ本質的なものとして知られているのが、「シラードのエンジン」と呼ばれる1個の粒子を使った熱機関だ。

このモデルは、箱本体と、箱内部の粒子の位置情報に基づいてフィードバック制御をする計測/制御系の2つで構成され、マクスウェルのデーモンに相当するものが計測/制御系だ。測定の際に「右」か「左」かの1ビット、すなわち自然対数でln2の相互情報量が作られる。この相互情報量がフィードバック制御の際にkB×T×ln2(kB=ボルツマン定数、T=箱に接触している熱浴の一定温度)の仕事に変換される。取り出された仕事量は測定で得た情報量ln2に比例しており、測定結果に対してフィードバック制御をすることで情報が仕事に変換されることになる。

このようなマクスウェルのデーモンに基づくエンジンを実際に作ることができるようになったのはごく最近のことだ。

今回設計された情報エンジンは、微細粒子のランダムで小刻みな動きを貯蔵エネルギーに変換するものだ。具体的には、水に浸した微粒子をばねに取り付け、そのばねを可動式のステージに固定する。そして、粒子が熱運動によって上下に跳ねる様子を観察する。

上向きに跳ねているところが観察されると、それに応じてステージを上に動かす。下向きの跳ね返りが観察された場合は待機する。こうすることで、粒子の位置情報だけでシステム全体を持ち上げることができる。この手順を繰り返すと、粒子を直接引っ張らなくても粒子をかなりの高さまで持ち上げることができ、その結果、かなりの量の重力エネルギーを蓄えられる。

研究室では、光トラップ(光ピンセット)と呼ばれる装置を使ってこのエンジンを実装している。光ピンセットは、物体にレーザー光を照射した際に生ずる光の放射圧を用いて、ピンセットで物体をつまむように、細胞や粒子等をレーザーの集光点にトラッピングする装置だ。このエンジンでは、光ピンセットを用いて、粒子に対して働くばねの力とステージの力を模倣した力を作り出しており、重いコロイド粒子を光トラップで保持し水に浸すというシンプルな設計となっている。

研究チームによる理論的解析では、粒子の質量と粒子が跳ね上がるまでの平均時間との間に興味深いトレードオフがあることが分かった。重い粒子はより多くの重力エネルギーを蓄えられるが、通常、跳ね上がるまでの時間も長くなる。

この洞察から、研究者らは、エンジンがエネルギーを引き出す速さを最大化するよう、粒子の質量やその他のエンジン特性を選択した。その結果、従来の設計を上回り、生細胞の分子機構に匹敵するパワーと、高速で泳ぐバクテリアに匹敵するスピードを達成した。他の類似した実装に比べて性能が10倍以上も向上しており、これは現在の最高クラスだという。

情報を迅速かつ効率的に「仕事」に変換する方法を研究者たちが理解することは、現実的な情報エンジンの設計と作成に影響を与えるかもしれない。また、このエンジン開発は、コンピューターやバイオナノテクノロジーの速度とコスト面での大幅な向上につながる可能性がある。

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