東大、量子力学からの熱力学第二法則の導出に成功、「時間の矢」の起源解明へ

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

同研究の設定の模式図

東京大学大学院工学系研究科の伊與田英輝助教らのグループは2017年9月6日、マクロ(巨視的)な世界の基本法則で、不可逆な変化に関する熱力学第二法則を、ミクロな世界の基本法則である量子力学から、理論的に導出することに成功したと発表した。従来の研究とは異なり、カノニカル分布などの統計力学の概念を使わず、多体系の量子力学に基づいて第二法則を導出、さらに同様の設定で、「ゆらぎの定理」と呼ばれる熱力学第二法則の一般化を証明することにも成功している。

熱力学第二法則は、逆向きの変化が自発的には起きない不可逆な現象に関する法則であり、「時間の矢」に関する法則とも言われる。熱力学はマクロな現象に関する理論だが、そこに含まれる原子や分子などの構成要素のミクロな世界の基本法則であるニュートン力学の運動方程式や量子力学のシュレーディンガー方程式には、時間反転に関して対称的だという性質がある。これは熱力学第二法則とは著しく異なっており、ミクロで可逆な法則とマクロで不可逆な世界との整合性の理解は、19世紀以来の物理学の課題となっている。

この難問に対し、近年、量子力学と統計力学を用いて、熱力学第二法則を理論的に導くことが可能になってきた。エントロピーのゆらぎまで考慮に入れることで熱力学第二法則を(不等式ではなく)等式で表現するゆらぎの定理や、情報量を含む形で熱力学を一般化した情報熱力学によって、情報と熱力学の関係が実証されている。

これらの研究で熱力学第二法則などを導出する際の重要な仮定は、熱浴(等温の巨大な環境)の初期状態が統計力学におけるカノニカル分布(エネルギーの平均が一定という条件の元でエントロピーが最大値を取る状態)であることだが、実際の熱浴の状態がカノニカル分布だという保証はなく、従来の研究は時間の矢の起源を理解するには不十分だった。また一方、孤立した量子多体系の熱平衡化の研究が盛んになり、「量子多体系の単一のエネルギー固有状態が熱平衡を表す」という固有状態熱化仮説(ETH)の重要性が認識されるようになったが、その研究では熱力学第二法則の理解はほとんどなされていなかった。

今回同研究グループでは、小さな量子系(システム)と大きな量子多体系(熱浴)が接触している格子系を考え、シュレーディンガー方程式に従って時間発展した際の全系のエントロピー生成(システムの情報エントロピーの変化と、システムから熱浴に放出した熱量を温度で割ったものの和)を議論した。その中で、熱浴の初期状態は単一のエネルギー固有状態、すなわち純粋状態とすることで、ほぼ全ての固有状態に対して、ある時間内においてはエントロピー生成がほとんど非負になる、つまり熱力学第二法則が成り立つということを証明した。

今回の理論は、量子多体系の相互作用の局所性とETHの、2つが鍵となっている。相互作用の局所性とは、多体系の構成要素が近くの要素としか相互作用しないということだ。量子多体系内の情報の伝搬速度には上限が存在することが、リープ・ロビンソン限界と呼ばれる定理によって厳密に示されている。これを今回の設定に適用すると、熱浴のうちシステムから遠く離れた部分の影響は、短い時間の間はシステムには届かないことが分かる。

もう1つの鍵であるETHについては、「ほとんど全てのエネルギー固有状態は熱平衡状態を表す」という、弱い形のETH(weak ETH)を、物理的に妥当な仮定のもとで数学的に厳密に証明した。これとリープ・ロビンソン限界により、熱浴の遠方の影響がシステムに届く時間に比べ十分短い時間領域では、システムにとって熱浴はカノニカル分布であるかのように見えることが示された。これを利用して、短い時間の間は熱力学第二法則やゆらぎの定理が成立することを、数学的に厳密に証明した。

これらの議論は、熱浴が「十分大きい」ときに成り立つが、具体的にどの程度の大きさの熱浴に対して成り立つのかは場合によって異なる。同研究グループでは、ハミルトニアンの厳密対角化を用いた数値実験によって理論の検証を行い、16個の格子点からなる小さな熱浴で理論と整合する結果を得ている。

今回の研究成果は、量子力学だけに基づいて不可逆性の起源を理解する大きな一歩となるとともに、冷却原子気体など高度に制御された量子多体系の非平衡ダイナミクスの理解にもつながると期待される。

関連リンク

プレスリリース

関連記事

fabcross
meitec
next
ページ上部へ戻る