- 2025-1-29
- エンジニアキャリア紹介, 化学
- ウエハー, コミュニケーション, バナジウムレドックスフロー電池, プライムウエハー, ムーンライト計画, メカニカルポリッシング技術, ラサ工業, リチウムイオン電池, 半導体事業, 株式会社LEシステム, 株式会社RSテクノロジーズ
株式会社LEシステム(以下、LEシステム)は、2023年12月にシリコンウエハーの再生加工事業を手掛ける株式会社RSテクノロジーズ(以下、RSテクノロジーズ)の傘下に入った、バナジウムレドックスフロー電池用の電解液を開発・製造している会社だ。同社の電解液が使用されるバナジウムレドックスフロー電池は、「長期安定稼働が可能」「安全性が高い」「拡張性がある」などの理由から、世界中で注目を集める蓄電技術となっている。
半導体業界で40年近いキャリアを持ち、2024年1月よりLEシステムの技術顧問に就任した古頭泰則(こがみ やすのり)氏は、「半導体と電池で業態は全く違いますが、仕事の中身はそれほど離れていない」と話す。新工場や生産ライン立ち上げの経験が豊富な古頭氏に、エンジニアが組織で仕事をする上で大切なことを教わった。(執筆:畑邊康浩、撮影:fabcross for エンジニア編集部)
──半導体業界でエンジニアとしてのキャリアをスタートさせた背景を教えてください。
[古頭氏]私は山形大学工学部の高分子化学科で化学を学びました。1986年に卒業した後は、化成品、機械製造などを手掛けるラサ工業へ入社したのですが、入社のちょうど1年前、ラサ工業は新しく三本木工場をつくり、社運をかけて半導体産業に参入していたのです。工場も新設され、私や同期の多くはそこに配属されました。それが半導体業界でのキャリアの始まりです。
──入社後はどのような仕事を担当されましたか?
[古頭氏]半導体事業といっても、ラサ工業はパッケージ基板などを作るのではなく、シリコンウエハーを再生する事業を行っていました。この再生ウエハーとは、製造設備の確認やプロセスの評価に使用されるテストウエハーを、繰り返し使用できるよう再生加工したウエハーのことです。
そこで私はポリッシング加工を主に担当し、メカニカルポリッシング技術を習得しました。加工自体は機械的な作業なのですが、そこで起きているのは化学系の反応なんですね。そのようなわけで、大学で学んだ化学の知識と共通している部分があることを、入社してから知りました。
人に任せるために、簡潔な言葉で相手が理解できるように伝える
──古頭さんは半導体業界でのキャリアが35年以上あるとお聞きしています。
[古頭氏]そうですね、半導体に関しては基本的に最初に入社した会社からキャリアが続いてまして、ラサ工業では2009年にアメリカの現地法人へVice Presidentとして出向し、2011年1月にウエハー再生事業からの撤退に伴い帰国しました。そしてラサ工業を退職し、ウエハー再生事業を引き継いだRSテクノロジーズに入社したという流れです。
2014年には台湾の現地法人へ総経理として出向、その後2021年には中国・北京の現地法人へCTOとして出向するなど、長く海外での業務を経験してきました。その中で、工場の新規立ち上げ、ISO9001/ ISO14001/ISO45001などの認証取得、生産ライン構築のためのレイアウト設計、量産工程開発など、さまざまな経験を積むことができました。
──特に生産ラインや工場の立ち上げ、マネジメントのご経験が豊富ですね。
[古頭氏]幸いにも国内、海外でさまざまな業務を経験し、知識とスキルを身につけることができました。マネジメント業務では、どのように人に任せ、協力体制を築くかを考えることが多かったですね。
当たり前のことですが、エンジニアは1人では何もできないんですよね。工場を建てる、装置の導入や立ち上げ、運用、どれも多くの人たちに協力してもらう必要があります。そこで重要になるのは、自分の「こうしたい」という意思を簡潔な言葉で説明することです。説明はただ聞いてもらうだけでは駄目で、相手にしっかり理解してもらわないといけない。そうでないと「任せる」ことができないからです。
台湾での新工場立ち上げの際には、通訳を介して現地のエンジニアとコミュニケーションを取りましたが、まず通訳の方が理解できないと伝わらないので、できるだけ簡潔な日本語で、会話が長くならないよう気をつけて話しました。今キャリアを振り返ると、相手の言語が日本語か否かに関わらず、自分の意思をしっかり理解してもらう、そして任せるということにずっと心を砕いてきたような気がします。
──仕事の中で苦労したことはありますか?
[古頭氏]「いかに簡潔に伝えるか」という話をしましたが、それは社内での話です。一方で、お客様となる半導体業界のエンジニアと話すときは、非常に専門的な単語がたくさん出てくるので、「自分も理論武装が必要だ」と痛感しました。お客様の原理原則の話に対応できなければ仕事にならないですから。
今はインターネットがあるので分からない単語も簡単に調べられますが、昔はありませんでしたから、詳しい先輩や上司に聞いたり、参考になる本を紹介してもらったりして理論武装しました。そうすると、お客様の受け答えが変わるので、こちらの説明に納得していただきやすくなります。
半導体業界で積み上げた化学と設備の知見を電解液の開発に生かす
──2024年からは、LEシステムの所属になっていますね。
[古頭氏]2024年1月にLEシステムに出向しまして、RSテクノロジーズの上席執行役員と兼務しています。
それまで私は中国にいまして、北京にあるRSテクノロジーズの子会社でプライムウエハーを作る工場の建設に携わっていました。立ち上げがほぼ終わった頃、2023年10月にLEシステムを子会社化する話が持ち上がりました。以前からバナジウムレドックスフロー電池のことは知っていて技術的にも興味があったので、自分から「ぜひLEシステムに行かせてほしい」とお願いして異動した、という経緯です。
──バナジウムレドックスフロー電池は元々ご存知だったのですね。
[古頭氏]バナジウムレドックスフロー電池は、元々日本に起源がある技術なのです。1978年に、日本政府が省エネルギー技術の研究開発を行う「ムーンライト計画」を立ち上げ、新型電池電力貯蔵システムの研究から生まれたテーマの1つが、バナジウムレドックスフロー電池です。
それを以前に何かの記事で知って興味を持っていたので、LEシステム子会社化の話を聞いて思わず手を挙げました。電池の中で起きているのは化学反応ですから、これまでの知見が役に立ちそうだと思い、また、ビジネスとしてはまだ市場が小さいと聞いていたので、今後の発展にも興味があったのです。
──では、LEシステムの事業についてご紹介いただけますか?
[古頭氏]LEシステムは、基本的にはバナジウムレドックスフロー電池の電解液だけを作っている会社です。福島県浪江町に量産工場があり、茨城県のつくば事業所で電解液技術の研究開発を行っています。つくば事業所には小規模ながら電解液を製造できるパイロットプラントもあります。
バナジウムレドックスフロー電池はあまり聞きなじみがないかもしれませんが、盛り上がっていないのは実は日本だけでして、世界を見ると市場が立ち上がり始めている状況にあります。その動きに対応していけるよう、今後は電解液だけでなく蓄電池システム全体を提供できる会社になっていこうと考えています。
──なぜ日本と海外で違いが生まれているのでしょうか?
[古頭氏]日本は電力事情が比較的良い方の国だと思います。停電も少ないですし、災害があっても復旧は早いですよね。でも世界を見ると、国や地域によって電力事情が不安定なところも少なくありません。各国政府はその問題を解決する手段の1つとして、バナジウムレドックスフロー電池に着目しているのだろうと考えています。
風力や太陽光などの自然エネルギーを使った発電が注目されていますが、24時間ずっと安定して発電することはできません。発電できる時に蓄電池に充電しておいて、発電できないときに蓄電池から放電して使う。そういう用途が今すぐにではありませんが、バナジウムレドックスフロー電池にも期待されているのでしょう。
自然災害が多い日本のエネルギー問題を解決する可能性がある技術
──バナジウムレドックスフロー電池の仕組みについて教えてもらえますか?
[古頭氏]バナジウムレドックスフロー電池は、正極・負極の電位差がある液体を循環させることで電子の移動を行い、充放電する仕組みです。
特徴の1つは、電池本体の寿命が長いこと。今、いろいろなところで使われているリチウムイオン電池は、長くても10年くらいで交換する必要がありますが、バナジウムレドックスフロー電池は約20年の使用に耐えられると言われています。さらに、電解液に関して言えば、半永久的に使えるのです。
もう1つの特徴は、熱を発しないため、発火や爆発の危険性がないことです。リチウムイオン電池はもちろん安全に配慮されているものですが、発熱自体をなくすことはできません。レドックスフロー電池は仕組みとしてそもそも熱を発しないので、その点で優位性があると言えるでしょう。実際、この特徴に着目して、マンションなどの非常用蓄電池に使いたいというご相談をいただくようになりました。居住用建物の近くに置くなら、できるだけ安全な電池をというお考えのようでした。
ただ、バナジウムレドックスフロー電池は、図体が大きくて重いんです(笑)。20フィートコンテナに、タンクや電極などを詰め込んだものをイメージしていただけるとよいと思います。そのため設置場所は選びます。ですので、個人宅などではなく、マンションなど集合住宅や、事業者、学校、公共施設や地域ごと設置する、そういう用途を今は想定しています。
──貴社の電解液はどのような特長・強みがあるのでしょうか。
[古頭氏]原料のバナジウムは、鉱山から掘り出されるのでいろいろな不純物が入っています。私たちは長く電解液の研究開発をしてきた経験から、どの不純物がどういう問題を起こすのか、逆に起こさないのかを熟知しています。
また、電解液だけでなく、電極の材質や膜の特質を知っているので、電池システムについても知見があります。そうした経験を踏まえて、高品質の電解液を調合できることが特長だと思います。
エンジニアと共に学びながら電解液のエネルギー効率を高める
──古頭様は今どのような業務を担当されているのでしょうか。
[古頭氏]電解液の量産を行っている浪江工場が完成したのは2021年9月で、まだわりと日が浅いのです。順調に生産できている状態ではあるのですが、安定的な生産を維持する体制をつくることが、今の私の役割です。
また、電解液の原料となるバナジウムは高価なので、1%でもロスを減らせばコスト効率がよくなります。改良のための実験やテストはつくば事業所で行っていて、私も現場で一緒に手を動かしています。電解液に関してはまだまだ知識も経験も足りないので、任せてしまってはなかなか自分が本質を理解できませんから、エンジニアと一緒に学びながら対応しています。
──今後の事業の展望や⽬標について教えてください。
[古頭氏]まずは、今の電解液をより安定的に、そしてより効率よく作れるようにすることです。もっと少ない人数で多く作れるようにすることが重要なので、この点に取り組んでいきます。
一方で、バナジウム電解液がこの先もずっと使われるのかは分かりません。今、世界中でバナジウムの代わりになる金属が試されていますし、レドックスフロー電池の2つあるタンクのうち片方はバナジウム、もう一方は別の金属というように、いろいろな組み合わせが検討されています。液体(フロー)の電池はなくならないはずですが、バナジウムよりも良い金属ないし組み合わせが出てきたら、次はそれに対応しなければなりません。そうなったら、今ある量産設備で違うものを作る必要が出てきます。それに備える意味で、今の設備の中でどんな化学反応が起こっているのかをしっかり原理から理解し、そのような想定も踏まえて改良を進めることが今の私の目標です。
現象の因果を想像し、ものの構造や仕組みを深く知る
──これまでエンジニアとして業務に向き合う中で、こだわってきたことはありますか。
[古頭氏]私は現象には必ずストーリー性があると思っていて、それをイメージするようにしてきました。ウエハーの上や電解液の中で起こっている化学反応というのは目に見えないもので、我々は結果しか見えません。結果がこうだから、中ではこういうことが起こっていたはず、というようなストーリーを想像して仮説を立てることが大事だと考えています。
──古頭さんは何か習慣にしていることはありますか?
[古頭氏]習慣と言えるか分かりませんが、プラモデルが趣味なんです。それも、“凝らない”作り方が好きなんですよ。プラモデルを作る人の中には、自分なりの工夫を加える人が多いと思うのですが、私は図面や仕上がり図を見て、その通りに組み立てます。その過程で「こういう構造になっているのか」と考えながら見るのが好きなんですね。
それと、作り始めたら途中でやめずに最後まで作り切ること。どれだけ時間がかかっても、出来上がったものを見たいので、ものを作ることが性に合っているのでしょう。だからこそ、工場や生産ラインを作る仕事も楽しめたのだと思います。
エンジニアの仕事は段取りが命
──ご⾃⾝のエンジニアとしての強みはどういうところにあると思いますか。
[古頭氏]「人に任せる」ことができることだと思います。これを繰り返しやっていると、後輩エンジニアの成長につながります。教えたこと、任せたことだけができるようになるわけではなく、自分で考えて行動に移せるように育っていってくれます。
それと「段取り」ですね。例えば、新しく工場を建てる際、実行するかを決断するまではすごく時間がかかりますが、決断した後は「直ぐに建てろ」となるわけです。ですから、短い期間で密度濃く、物事を進めなければなりません。
長くこうした業務に携わりましたが、キャリアの最初の頃は、装置がきても「スパナがない」「ドライバーがない」と、細かいものを探すのに時間を取られることがよくありました。こうした経験から、「装置が来たら次はこの作業があるので、この工具が必要だ」と先々のフェーズを見越して準備をするようになりました。これは他のどんな仕事にも適用できるので、「段取り」をとても大事にしていますし、それができることが、エンジニアとしての私の強みだと思います。
自分にできないことがあるのは当たり前。できる人に頼ることも大事
──古頭様のキャリアをお聞きしていて、設備エンジニアとしての側面が大きいと感じました。そのような領域を目指す学生や若手のエンジニアに対してアドバイスをいただけますか。
[古頭氏]設備や装置は必ず何かが組み合わさっていますよね。ですから、その構造や仕組みを理解することがまず必要です。何か装置を買うと図面をもらえますから、私はそれを隅々まで見て理解するようにしています。
そうすると、次にまた装置を買うときに、「こういう工夫ができないか」と自分のアイデアや要望をメーカーに伝えられるようになります。だから、何か機械を見たら「分解してみたい」と思う人はこうした仕事に向いているかもしれませんね。
──最後に、「ものづくり」に携わる⼈に必要となる能⼒や素養はどのようなことだと思いますか。
[古頭氏]世の中にはいろいろな分野のスペシャリストがいます。だから、「自分にはできない」「分からない」と卑下するのではなく、逆に「自分にできること」をしっかり認識することが必要じゃないかなと思っています。
その上で、人に頼れるところはちゃんと頼る。頼むときには自分の意思が伝わらなければいけないので、噛み砕いて、簡潔に意思を伝えることです。
自分だけで何でもできてしまう人もいるとは思いますが、そんな人はめったにいません。だから、自分の好きなことは何かを認識するところから始めて、「これだけはできる」と思えるように極めていくことが大事だと思いますね。
取材協力
株式会社LEシステム
株式会社RS Technologies
ライタープロフィール
畑邊 康浩
編集者・ライター。語学系出版社で就職・転職ガイドブックの編集に携わった後、人材サービス会社で転職情報サイトの編集に従事。2016年1月からフリーランス。主にHR・人材採用、テクノロジー関連の媒体で仕事をしている。