多くの女性エンジニアが世の中で活躍されていますが、そのキャリア事例が紹介される機会はまだまだ多くありません。本連載企画では、さまざまな女性エンジニアが、エンジニアという職業への想いや生き生きと働く姿を、リアルに紹介していきます。(撮影:水戸秀一)
日産自動車 第一EV技術開発本部
EVエネルギー開発部バッテリー設計グループ
田所ゆかり氏
慶應義塾大学 理工学部 物理情報工学科を卒業後、フランスの大学院へ留学し、ルノーのインターンシップを経て同社に入社した。今年で7年目。入社以来ずっと電気自動車のバッテリーに関わっている。
カタチになって動くのが見える
——入社してからいままでにどのような仕事をしましたか。
1年目はEV向けのバッテリーパックの開発です。EVのバッテリーは、いろいろな積載物を箱に入れた状態で車に装着しますが、その電気回路や構造部品などの設計をしていました。
2年目以降は、EVで使用したバッテリーの2次利用向けの開発に携わりました。EVのバッテリーはとても容量が大きいので、車で使い終わったものを家庭用の蓄電装置や企業のバックアップ電源など定置型のシステムで使うための開発です。すでに家庭用蓄電装置は実用化も始まっています。
——では現在の仕事は。
国内及び海外拠点のバイヤー、エンジニアやプロジェクト管理部などとコミュニケーションを取りながら、バッテリーの構成部品や生産コストのとりまとめ、コスト最適化の検討などを担当しています。また並行して、ルノーと日産のバッテリー分野の会議体の運営や、バッテリー分野のシナジー創出に向けた検討のとりまとめなどを行っており、ルノーへの出張もあります。
——どれも難しそうですが、どのようなことが楽しいですか。
開発の仕事は、世の中に先駆けた新しいものを作っていることが楽しいですし、自分が設計したものがカタチになって動くのが目に見えて、達成感があります。
いまは全体のとりまとめ的な役割として、みんなが同じ目標に向かって進んでいけるようにオーガナイズする仕事ですから、全体を見られることが一番楽しいですね。
なんとなく「ものづくり」と思っていた
——大学で物理情報工学科を選んだ理由は。
物理情報工学科は、応用物理や情報、医療系など、幅広く物理を応用して世に役立てることを目指す学科です。いま社会に求められている学問ではないかと思いましたし、卒業して仕事を選ぶときに、いろいろな分野を検討できると思って選びました。
——大学では計測工学、物性工学、制御工学を学んだそうですが、もともと物理大好きだったのですか。
あまりそういうわけもなく、高校で文系、理系を選択するときは、どちらも興味がありました。ただ理系の科目は好きでしたし、理系なら後で文系に転向することもできると聞いたので、選択肢を広く持つ意味で理系にしました。
私の母は、結婚するまでオーディオビジュアル機器のメーカーで働いていたので、小さいころからメーカの仕事について話は聞いていましたし、なんとなく「ものづくりに携わりたいな」と思っていたような気がします。
インターンシップでしたいことが見えた
——卒業後はフランスに留学し、インターンシップにも参加していますね。
私の性格から考えても、研究室にいるより外に出たいと思って留学しました。
私が参加したルノー財団のマスタープログラム「交通と持続可能な開発」は、最初から奨学生として受け入れてもらえて、パリでも有数の大学3校に並行して1年間通い、その後半年間ルノーでのインターンシップを通じて修士論文を執筆するプログラムで、社会との接点も見えやすいし、私にはとても魅力的でした。「交通と持続可能な開発」は大学では学んでいない新しい分野でしたが、もともと交通計画や都市計画に興味があったので学んでみたかったのです。
インターンシップは、燃料電池やEV用のバッテリー、エンジンなど、先行開発系の部署で、燃料消費シミュレーションや、ドライバビリティ向上のための解析ソフトのプラットフォーム作りに関わりました。
——インターンシップは田所さんにとってどのような経験でしたか。
大学で勉強する期間も大切ですが、インターンシップという立場ではあっても、就職する前に働くという経験をすると、やはり仕事に対する考え方が変わりましたね。自分のしたいことが見えてきましたし、自分が学んでいることが社会にどう生かされているかも見ることができて、とてもよかったと思っています。
就職したらイメージと違ったなどという話も聞きますが、「学生ノリ」のまま社会に入ってもなじめないですし、大学にいるだけでは見えないこともありますから、短期間でも社会人としての経験を積めるインターンシップは貴重だと思います。
フランスでは男女も国籍も関係ない
——フランスでは女性のエンジニアも多いのですか。
私がルノーで仕事をしていた開発部門にも女性は結構いましたし、しかもフランス人ばかりではありませんでした。開発部門のトップになっている女性もいました。もともと移民がとても多い国なので、国籍も男女も関係なく、一人の人間として扱われていると感じましたし、そういう環境があるので、女性エンジニアも集まってくるのかもしれません。
——そのままフランスで就職するという選択もあったのでは。
ルノーも視野に入れてはいましたが、フランスの就職活動は、卒業後1年ぐらいかけて希望するポストを探すというスタイルで、すぐに仕事をしたい私にはなじみませんでした。
また、パリでの生活は、美術館めぐりやショッピング、休暇には旅行もして楽しかったのですが、企業研究を進めるうちに、だんだんと、卒業後のキャリアは日本で歩みたいと思うようになりました。海外に出て改めて、日本の技術レベルが高いことを実感し、技術力を身に付けるのであれば日本だ、と思い至ったからです。
自由で議論も活発な職場
——現在の職場はどういう雰囲気ですか。
私の所属しているEVエネルギー開発部はエンジン開発など他の開発部署と比べると歴史の浅い部署なので、途中入社も含めていろいろなキャリアの方が集まっています。女性も多いですし、固定観念に縛られない自由な雰囲気で、議論も活発です。
——では日産を選んだ理由は。
ルノーで所属していた部署が日産と交流がある部署で、インターンシップで築いた人脈や、留学で身に付けたフランス語を生かすことができると思いました。
私はメーカー希望で、4月から働きたいと思っていたので、留学から帰国する12月まで面接を待ってくれる企業を探しました。当時「新卒採用の期間に受けてください」と門前払いの企業がほとんどだったなかで、日産は12月まで待ってくれました。トップがゴーン氏ということもありますし、ルノーとのアライアンス関係もあるので、一般的な日本企業とは少し雰囲気が違うのかもしれません。逆に普通に新卒採用時期で就職していたら、あまり自由に発言できない会社を選んでしまったかもしれないと思うと、よかったと思います。
今後もものづくりに関わっていきたい
——休日はどのように過ごしますか。
まず洗濯と掃除。それから車でスーパーに買い出しに行くのが、基本コースですね。ものがあふれているのは嫌いなので、部屋の片づけとか掃除は好きです。捨てるとすっきりします。
女性が仕事をするには家族の協力が必要だと思いますが、私の場合は一人で暮らししていたときより楽なくらい(笑)。夫は家事が割と好きで、いろいろやってくれるのでとても助かっています。
あとはフランス語と英語のオンラインのレッスン。ヨガとバレエのレッスンにも行きます。肩こり解消にも、気分転換にもなるのでいいですよ。
長い休暇のときは夫と旅行をします。今年3月にはマレーシア、ゴールデンウィークには熊本の阿蘇山に行きました。私は山登りが好きで、夫もつられて最近はまっています。
——いまの夢は。
以前から交通計画とか都市計画に携わりたいと思っていたので、ゆくゆくはそういう仕事をしたいですね。他の交通事業者の方、異業種の方とも連携して、街作りなどもできるのではないかと思っていいます。
これからもいろいろな経験を積んでいきたいですし、どの立場にあってもものづくりには関わっていきたいと思います。
——最後に、エンジニアを目指したい女性にメッセージを。
これから女性エンジニアも増えていくかもしれませんが、いまはまだ希少価値があります。その分、良くも悪くも注目されますから、そこをデメリットと思わずに、楽しめるといいのではないかと思います。
またよくいわれるように、男性目線だけではものづくりは偏ってしまうので、これからは女性目線の需要もますます増えると思います。女性のコミュニケーション能力や調整能力も、開発のなかで重宝されると思いますし、積極的にエンジニアとして活躍していただきたいですね。
人生の各ステージに応じたワークスタイルを
日産自動車では、ダイバーシティ=多様性を企業の競争力と考えている。世界各国に多様なカスタマーを持つ同社は、性別や国籍、文化、年齢、学歴など、多様な従業員によって、新たな発想や価値が生まれることを重視しているからだ。
同社におけるダイバーシティへの取り組みは2004年から。牽引する「ダイバーシティ ディベロップメントオフィス(DDO)」が創設され、「ジェンダー(性別)」と「カルチャー(文化)」を2つの柱に、グローバルな取り組みを続けている。トップ層のダイバーシティも進んでおり、半数は日本人以外。日本における女性管理職も、取り組み当初の1.5%から2014年4月時点で7.1%に大きく増えている。
昨今、いろいろな場面で「女性の視点」といわれるが、同社でも商品企画、販売はもちろん、開発、製造の現場にも女性の意見が生かされている。たとえば製造現場では、女性が作業しやすい装置や工程にしたことで、誰もが働きやすくなり、効率化やミス軽減といった効果も出ているそうだ。
また日本独自に「ワークライフバランス」もテーマとし、性別、年齢を問わず、人生のさまざまなステージに応じ、ひとりひとりの時間の質が向上する働き方が実現できることを目指している。約1万5000人の社員を対象に、仕事の特性に合わせたフレキシブル勤務制度や、30分単位で月5日(または月40時間)を上限に利用できる在宅勤務制度の他、小学校6年生までの子女の育児や2親等以内の親族の介護を必要とする社員は、1日の就業時間を最大3時間まで30分単位で免除する就業時間短縮制度などを活用することで柔軟な勤務が可能となる。また育児休職者が復職したいタイミングで就労が可能となるよう社内託児所が3カ所の事業所に設置されており、“結婚”“配偶者の出産”“育児”“介護”などで利用できる「ファミリーサポート休暇」なども活用することにより、それぞれに置かれたライフステージの中で、最大限の力を発揮できるような支援を行っている。
「仕事を通じて成長したい、仕事でやりがいを感じたいと思うのは男女とも同じ。キャリアは多くの経験によって築かれるので、自分のキャリア形成とのバランスを考えて、各ツールを上手に利用してほしい」と櫻井氏。並行して女性のキャリア開発支援も推進している。
櫻井氏自身も現在子育て中。妊娠したときは、ちょうど希望する仕事にアサインされたときで、上司と相談しながら在宅勤務を利用してきたそうだ。「ありがたかったのは、母親ということで制限されることなく、普通に仕事をさせてもらえたこと。一人ひとりの価値観、多様性を尊重するという土壌があったおかげかもしれない」と振り返った。