東京大学は2018年1月30日、強磁性と強誘電性が共存するマルチフェロイクス状態を、超短パルスレーザー照射によって、1兆分の1秒以下の非常に短時間で発現させることに成功したと発表した。
物質内部のミクロな磁石の方向が揃った強磁性体や、プラスとマイナスの電荷のずれの向きが揃った強誘電体は、強磁性体では外部磁場、強誘電体では外部電場によって、その向きを制御できる。このため、従来からメモリー素子などに広く応用されている。
近年、強磁性と強誘電性の性質を併せ持ったマルチフェロイクスと呼ばれる物質群が注目されており、外部電場によって磁石の性質を変化させるなど、新しい原理に基づくメモリーやセンサーへの応用が期待されている。しかし従来外部電場や外部磁場を切り替えるためには100ピコ秒(100億分の1秒)程度の時間を要し、高速な制御ができないという課題があった。
今回の研究では、パルス幅の非常に短いレーザー光、フェムト秒超短パルスレーザーを照射することによって、1兆分の1以下という非常に短時間でマルチフェロイクス状態を発現させることに成功した。
この現象の確認には、光の進む方向によって光の吸収の大きさが異なる方向二色性というマルチフェロイクス特有の現象を用いた。特定条件下で超短パルスレーザーを照射した際に現れる方向二色性の大きさを測定。この結果、適切な外部磁場の大きさ(2テスラ以下)のもとで、照射するパルスレーザーの強度が約4mJ/cm2以上の場合に、方向二色性が観測されるようになった。この時、パルス照射後600フェムト秒以内という非常に短い時間で方向二色性が観測され始めた。これは、600フェムト秒という非常に短い時間で、レーザー光照射によるマルチフェロイクス相への変化が生じていることを表している。
絶縁性の磁性体において、超短パルスレーザーの照射により磁性が変化することはこれまでにも知られていたが、その典型的な時間スケールは10~100ピコ秒程度だった。今回観測された600フェムト秒は、それと比べて1桁から2桁高速だ。
このような高速な変化が生じる原因については、光励起によって電子の軌道が変化する時、ある確率でスピンも同時に反転し、それによってスピン系が瞬時にマルチフェロイクス状態にになるというメカニズムが考えられるという。スピントロニクスと呼ばれる研究分野では、物質中のミクロな磁石であるスピンを使った、メモリを高速化するための研究が盛んに行われている。今回の研究により、磁性だけでなく強誘電性と絡まり合うマルチフェロイクス物質では、はるかに高速にスピン系を制御できることが示された。
同研究結果は、光を用いたマルチフェロイクスの超高速制御による超高速メモリー技術などへの応用や、方向二色性の有無を超高速に切り替えることによる新たな超高速光スイッチなどへ応用が期待されるという。