東大、「スリップ現象」の機構を解明――固体表面上を流れる液体が気体相を発生させるメカニズムとは

東京大学生産技術研究所の田中肇教授は、2020年3月30日、管の中を流れる液体の振る舞いをシミュレートするモデルを用いて、固体の上を液体が流れるとき、ある流速を超えると固体表面上の流速がゼロでなくなることが知られている、いわゆる「スリップ現象」について、その機構を解明したと発表した。研究成果は『Science Advances』誌において2020年3月27日付で発表されている。

古くから、流体が固体の上を流れるとき、固体表面での流体の流速はゼロであると考えられ、「スリップなしの境界条件」として広く知られている。この仮定は、一見、合理的に見えるものの裏付けがなかった。

しかし、近年のナノテクノロジーの進歩により、さまざまな固体表面上でスリップ現象を実験的に観察できるようになったことで、この現象を説明する有力な説が浮上した。固体と液体の境界である固体壁に気体相が形成され、気体相と固体相との間にスリップはないものの、気体相の粘性は液体に比べるとはるかに低いため、見かけ上、固体と液体との境界において速度に有限の飛びが生じ、そのためスリップしているように見えるという考え方だ。しかし、流れによって気体相がどのように液体相から出現するのかという疑問は未解明のままだった。

そこで、研究者らは、液体の粘性が密度に依存する場合、液体の流れに伴って生じるずり変形と密度との間に結合が生じる点に着目。研究では、ずり変形と密度との間の結合により密度揺らぎが増大することで、液体相からの気体相生成を助けるのではないかと予想し、流体の運動量の保存を表した流体の基礎方程式であるナビエ・ストークス方程式に熱揺らぎの効果を取り入れ、固体壁に接した液体の流れを数値的にシミュレーションして、そのメカニズムに迫ったという。

その結果、まず固体壁が存在すると、流れがない状態でも固体壁の近くで液体の密度揺らぎが増大することを発見した。これは、固体壁が存在することで、固体と液体との境界における対称性が破れた結果だと考えられるようだ。さらにこの状態で液体を流すと、この密度揺らぎがより増大し、液体中に溶けている気体を含むような準安定な液体状態では、固体壁表面に気体相が核形成することを見出したという。

また、さらに流速を上げると液体状態が不安定化し、スピノーダル分解的に気体相が固体表面上に生成されることも発見。特に、固体壁が液体相よりも気体相にぬれやすい場合、この効果が顕著になることが判明したという。

粘性が働くことで液体の運動エネルギーが熱エネルギーに不可逆的に転化することを粘性散逸というが、液体の流れに伴う粘性散逸は、ずり変形率に大きく依存し、スリップが起きると液体内部でのずり変形率は減少する。そのため、スリップ現象の機構を解明することは、流体輸送に伴うエネルギー損失を低減することに新たな指針を与えることができると考えられる。今回の研究成果は、省エネルギーという観点からも実用的な研究成果であると評価できるようだ。

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【記者発表】液体は固体上をどのように滑るのか
A novel physical mechanism of liquid flow slippage on a solid surface

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