東北大学は2020年8月20日、結晶構造を保持したまま水の可逆な出し入れが可能なn型有機半導体材料の作製に成功したと発表した。
電子をキャリアとするn型有機半導体材料は、水の存在が電子に対するトラップサイトとして働くため、水の存在する場所で安定なデバイス動作を可能とする有機材料は極めて希だ。ホールをキャリアとするp型有機半導体材料では、硫黄原子を多数含むπ共役分子において、大気圧下での安定なデバイス動作を可能とする有機材料が開発されているのに対し、n型半導体材料に関しては有効な分子設計指針が存在していない。
結晶中で有機分子の間に働く分子間相互作用は、最も強い静電相互作用から中程度の水素結合相互作用、弱いvan der Waals相互作用と、そのエネルギースケールに多用性がある。研究者らは、最もエネルギーの高い静電相互作用に着目し、結晶の格子エネルギーを大きくした有機結晶を作製。水の影響を受けにくいn型有機半導体材料を開発し、高い熱的安定性と結晶格子への可逆な水の出し入れに伴う興味深い伝導度スイッチング現象を見出した。
研究では、電子を受け取り易い性質を持つn型有機半導体材料に、アニオン性のプロピオネート基を導入したPCNDI2-分子を合成し、そのカリウム(K+)塩の結晶を作製。これは、塩(NaCl)やKClと同様なイオン性結晶で、K+カチオン-アニオン間の強いクーロン力により結晶格子が構成されている。その結晶構造の特徴は、PCNDI2-のπ平面が二次元的に相互作用した電子伝導層とプロピオネートアニオンとK+により強固に結合した静電ネットワーク層が交互に配列していることだ。
静電ネットワーク層には、水分子を可逆に出し入れすることが可能で、これは298KにおけるH2O分子の吸着等温線から確認された。また、結晶の熱的安定性は、その分解温度が500K以上で、有機材料としては非常に高い安定性を示した。この水の可逆な出し入れは、結晶構造を破壊することなく起こり、何度でも水を出し入れできる。
水の存在は、一般的にはn型半導体材料の電子移動度を大きく低下させるが、今回の結果では、結晶の電子移動度は水の吸着により0.04から0.28 cm2 V-1 s -1へと約1桁程度も大きくなった。さらに、K+イオン伝導性を評価したところ、水の吸着に伴い3.4×10-5から4.7×10-7 Scm-1とイオン伝導性が2桁も低下することが判明した。電子とイオンの移動度が、水の出し入れに対して可逆にその大小関係をスイッチングさせる材料であることを見出した。
水に対する高い安定性と優れた電子移動度を示すn型有機半導体材料の開発は、従来のデバイス作製手法を簡略化でき、グローボックスなどの設備を必要としない。水を完全に除去した環境におけるデバイス作製を必要としないことから、有機エレクトロニクスの応用範囲が飛躍的に広がると期待される。また、水の出し入れに伴う電子-イオン輸送特性のスイッチングは、これまでに多くの報告がある水の吸着材料とは異なり、外部環境の変化により多様な応答を示す多重機能性の創製の視点からも興味深い結果だ。今後は、水に限らずいろいろな分子を可逆に結晶中に出し入れし、その電気的特性が変化する超高感度分子センサなどへの応用も期待できる。