カリフォルニア大学サンタバーバラ校(UCSB)の研究チームが、従来にない新しいカテゴリーの金属として注目されている「多種主要元素合金MPEA」について、高強度にも関わらず高延性を保持するメカニズムを解明することに成功した。実験研究とコンピューターシミュレーションおよび理論研究を有機的に組み合わせた成果であり、合金設計の基礎指針になると期待される。2020年10月2日の『Science』誌に論文公開されている。
人類の文明の発展に主要な役割を果たしてきた材料の殆どは、単一の基本元素に少量の他元素を加えた合金系だ。最たるものは社会インフラを支える鉄鋼で、主要元素である鉄に少量の炭素などを加えることで高強度を得ている。シリコン半導体では、微量のドーピング不純物を添加することによって、p型とn型の半導体を実現している。
それに対して、3種以上の元素が主要元素として、ほぼ同程度に混合される多種主要元素合金MPEAが、純金属や従来型合金、金属間化合物、アモルファス合金などとは異なる新しいカテゴリーの金属として注目を集めている。
2004年に提案されて以来、中国や米国、ドイツなどにおいて活発に研究されるとともに、日本においても5種以上の主要元素、特に高融点金属元素をほぼ等量混合することにより、混合エントロピーを高めた「高エントロピー合金」の研究が急速に進んでいる。
MPEAの特徴は、多元素の固溶強化を強化メカニズムとし、微小亀裂などが形成しにくく、高強度と高い延性や靭性を両立し、加えて耐熱性や耐摩耗性、耐食性などを発現する。また、その製造に際しては特別な設備を必要とせず、従来からある溶解鋳造設備、あるいは金属3Dプリンティング技術を活用して製造できる。一例として、生体医療用材料向けに生体適合性や高い細胞接着性を有する高強度Ti-Zr-Hf-Co-Cr-Mo系高エントロピー合金も提案されている。
UCSBの研究チームは、航空機翼やロケットエンジン、産業用タービンなど、極限的な高温環境で使用される耐熱材料への応用を目標として、曲げ変形などを吸収できる損傷許容性の高いMPEA合金系を探索している。
金属や合金などの塑性変形は、結晶格子面における原子列のすべりに伴う転位運動によって生じるが、研究チームは電子顕微鏡を用いて、Mo-Nb-Ti系MPEAの転位構造を調べるとともに、原子レベルのシミュレーション計算を実施することにより、優れた強度と延性を発現するメカニズムの解明にチャレンジした。その結果、多元素が混在する固溶状態にあるMPEAでは、単一ではなく複数の転位構造が存在するとともに、転位運動の多様な経路が出現することで、高強度のみならず高延性が実現されることを明らかにした。
研究チームは、用途に応じて必要な性能を有する合金系を設計する基礎的指針になると期待するとともに、実験研究とコンピューターシミュレーションおよび理論研究の有機的な組み合わせが重要であると考えている。