IoTデバイスにみる事業モデルの変化――DXの流れを生き抜けるエンジニアとは[今、機械系エンジニアに求められているもの]

メイテックネクスト 代表取締役社長 河辺真典氏

~IoT技術によって製造業はどう変わっていくのか。機械系エンジニアに何が求められるのか~

長年日本の基幹産業だった自動車や重工業を中心とした製造業が、DX(デジタルトランスフォーメーション)の流れの中で、研究開発部門や製造部門を中心に大きな変革を生み出そうとしています。今回の連載では、エンジニア専門の転職支援会社メイテックネクストへの取材を通じて、IoTの登場によって変わりつつある産業構造について、特に機械系エンジニアの転職事情を中心にご紹介していきます。

第1回目は、「IoT技術で変革を迎えつつある製造業の現状」と題して、自動車業界を中心に、日本の製造業が事業の革新を求められている現状を紹介しました。2回目となる本記事では、具体的なIoTデバイスを取り上げ、モノづくりの新たな方向性について、メイテックネクスト 代表取締役社長の河辺真典氏にお話を伺いました。(執筆:後藤銀河、撮影:編集部)

IoTデバイス開発を取り巻く状況

――製造業がIoTによって変化している今、機械系エンジニアの活躍の場はどうなるのか、という問題提起がありました。実際にIoT関連の企業における、モノづくりにはどのような変化が起きているのでしょうか。

[河辺社長]変化と言いましたが、もちろんIoTのサービスで儲けるといっても、何らかの物理的デバイスは必要です。いわゆる渋谷系ベンチャー企業(※2)であっても、物理的なセンシングデバイスを用意しなければなりませんし、それを必要な場所に設置する必要があります。ただ、このデバイス開発は、あくまでもサービスモデルで儲けるためのものですから、デバイスの開発自体は企業にとって目的ではありません。そこに「丈夫で安くデバイスを作りたい」というセンシングデバイスに対するニーズが生まれ、それに対応できるエンジニアが参入し活躍できる扉は、「半分くらい」開いていると言えるでしょう。ただ、ここに飛び込もうとしている機械系エンジニアはほとんどいません。

(※2) IT関連やスタートアップ企業が集中する渋谷地区に拠点を構えるベンチャー企業

――製造業からスタートアップに転職する事例が少ないということでしょうか?

[河辺社長]IoTによるサービスと企画で儲ける世界観の中で、モノづくりの流れがまさに垂直分業となり、これまでのようにモノづくりができる人材を自社で抱える必要があるのか、という見方が出てきました。それがどんどん進行していくと、機械系エンジニアがこの変化の中でどう活躍の場を見出していくのかが、私の最大の関心事です。

製造業からベンチャー企業への転職となると、モノからコトへ事業やサービスの変革が進む環境の中で、ものづくりがメインの環境に身を置き続ける危機意識と、ベンチャー企業における資金面や開発体制に関するリスクのバランスを考慮する必要があり、なかなか難しい問題です。エンジニア人材を紹介する我々としては、IoTの中のインターネットとモノをつなぐ部分、Thingsのところのデバイス開発、それも半導体の部分ではなくて、デバイスの筐体だったり、形状だったり、取り付け構造の設計開発を担っていく役割に、機械系エンジニアの勝機があるのでは、と見込んでいます。

ベンチャー企業のモノづくりを支えるEMS

[河辺社長]これは、Photosynthというベンチャー企業が開発したスマートロック「Akerun Pro」というIoTデバイスです。ICカードリーダーなどの情報を元に既存のドアに使われている機械式のサムターン式の鍵をモーターで駆動させて解錠させるというスマートロックです。システムを拡張することで入退室管理システムや来訪者管理システムとの連携も可能で、スマートフォンや入退館の電子キーでドアロックを開けることができます。最新のオフィスビルでは電子錠が当たり前ですが、従来の物件の大半は機械錠を使っています。このような機械錠の物件でも、このモーター駆動式の電子錠を貼り付けるだけで、センターオペレーションで全部鍵をかけることが可能になるのです。さらに機能拡張が進めば、従業員の入退館システム、セコムなどが提供する、オフィス・店舗向けオンラインセキュリティとも競合するようなシステムにも成りえるでしょう。人事・総務管理システムとの接続も考えられるとすれば、これもIoTによる技術革新だと言えます。

システム開発のためには、お客様ごとにパッケージ開発をする必要があるため、ソフトウェアエンジニアの求人は世の中にたくさん出ています。また、サイバー攻撃を受けてロックを解除されることがないよう、常に最新の暗号化セキュリティが必要になります。そうしたことから、ソフトウェアエンジニアの必要性は膨大なものになりますが、鍵を開けるためのデバイスを開発しないと、そもそも成立しません。既存の不動産物件の鍵の形状はそれこそ無数にある訳ですから、総合的にマッチした形状をつくるための機械設計を誰かが行わなければなりません。

しかし、この役割は社内でリソースを確保する必然性はないので、ベンチャー企業側が「全開で」機械系エンジニアを求めているわけではありません。先程、活躍できる扉が「半分開いている」と言ったのは、「機械の知識」を使って貢献して欲しいという意向が強い、という意味合いになります。ベンチャー企業が自社で工場を立ち上げて、鍵を回すハードウェアデバイスを作ることは簡単なことではないため、そうしたニーズを支援する電子機器の製造受託サービス(EMS:Electronics Manufacturing Service)が国内でもどんどん増えています。例えば、沖電気工業は元々レーザープリンターやATM端末を得意としていたメーカーですが、ペーパーレス化やキャッシュレス化が進んだことからメカトロシステム事業、プリンター事業、EMS事業を再編しました。そして、開発・設計のリソースを集約してEMSを発展させたDMS(Design & Manufacturing Service)ビジネスを展開し、顧客のモノづくりをサポートしています。

EMSを活用して自社の設計製造のノウハウを生かそうとする流れは広がっていて、SONYのVAIO事業も企画製造を切り離して自社ブランドとしてやる中で、一部EMS事業を始めています。こうした会社がモノづくりの受け皿となるわけで、製造業でもベンチャー企業でも、これからIoTで儲けようとする際、デザインから製造プロセスまでを完璧に担ってくれる外部の会社に依頼する、というのは水平分業としてあり得ることです。先のスマートロックの例で言うと、鍵を回すためのデバイスを開発するというのは、具体的には「EMS企業とやり取りする窓口をする」ということなのです。

従来、製造とセットで考えられていたモノづくりも、垂直分業の中でEMSを活用する流れがある

[河辺社長]今後、モノづくりはそれを得意とするEMS企業に集約され、企業の内部で選択と集中が起こっていくでしょう。自前で設計開発を行うIoTデバイスを例にすると、IoT側でフロントに立つ機械系エンジニアのニーズは、従来10人のチームが必要だったものが、EMSとのやり取りだけであれば1人で済みます。したがって求人枠も10分の1になるのですが、私としては世の中の事業構造の変化の中で、この席をぜひ機械系エンジニアの方に取り合って欲しいのですが、どうも現状はピンと来ていない方が多い気がしています。

IoT開発において、ハードウェアは本流ではない

――それはどのような理由によるのでしょうか?

[河辺社長]河辺社長:私たちが転職希望者から伺ったところでは、やはりベンチャー企業の基礎体力に関するリスク、そして自分の担当分野がベンチャー企業における事業の本流ではなく、傍流だということにあるようです。

IoT企業はデバイスから得られるデータをマイニングして、それを広告主に販売する、データベースを作ってビジネスモデルで儲ける、といったようにサービスモデルの開発が事業の本流になります。そのためデータを得るためのセンシングデバイス自体の開発などは、主流からは外れてしまうのです。入社したとして、機械系エンジニアとしての腕を振るえるのか、先行きがどうなるのかと言われれば、確かにそうです。

しかし、機械系の発想がIoTのサービスモデル開発に全く必要ないとか、そういうことで悩む必要はありません。その会社に「機械系エンジニアの切符」で入るというだけで、決してサービスモデル開発の領域でソフト系エンジニアに後れをとる、というわけではないと思います。

そのビジネスモデルに興味があれば、本来はどの分野から入ってもいいのです。機械系エンジニアとして入社し、EMSとのやり取りを通じて、IoTを通じたサービスモデルにおいて、機械系エンジニアの視点から何が必要なのかを考えて貢献することができます。これから先々、自社で機械系の開発業務が必要なくなっても、その会社の中でサービスを考える立場になっていれば良い。機械系の人に聞くと、僕はソフトをやったことがありません、という人も多いのですが、ソフトウェア自体も変わってきています。もうC言語が書けなくてもいい世界が、すぐそこまで来ていることを伝えたいですね。

次回は、「IoT関連の転職市場の状況」と題してお届けします。

第3回目:IoT関連の転職市場の状況は――DXの流れを生き抜けるエンジニアとは


河辺 真典(メイテックネクスト 代表取締役社長)
生産技術エンジニアとして5年、リクルートエージェントでキャリアコンサルタントとして8年の勤務経験あり。
弊社のコンサルタントは、転職支援のノウハウと業界・技術知識の両方に長けております。
その上で、単に転職先を決めるだけでなく、
転職先でご活躍いただく「失敗しない転職」をご支援するように心がけております。

取材協力

株式会社メイテックネクスト


ライタープロフィール
後藤 銀河
アメショーの銀河(♂)をこよなく愛すライター兼編集者。エンジニアのバックグラウンドを生かし、国内外のニュース記事を中心に誰が読んでもわかりやすい文章を書けるよう、日々奮闘中。


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