リチウムイオン電池とEVとの関係とは?[脱炭素社会の主役、リチウムイオン電池開発の最新事情]

株式会社スリーダム 取締役副社長 小黒 秀祐氏

脱炭素社会におけるエネルギー基盤を支える次世代型バッテリー

パリ協定で、世界の気温上昇を産業⾰命前より2℃を⼗分に下回る⽔準に抑え、また1.5℃に抑えることを⽬指すという水準が示される中、世界各国で「カーボンニュートラル」の実現に向けた動きが活発化しています。多くの企業では5~15年先を念頭に、具体的な温室効果ガス排出削減⽬標(SBT:Science Based Targets)を定めつつあり、自動車業界でもこれを受けて電気自動車(EV)市場が急拡大すると見られています。

今回は、全3回の連載で「リチウムイオン電池開発の最先端」について、車載用リチウムイオン充電池の歴史から、普及のための課題、そして次世代型電池への取り組みなど、リチウムイオン電池に関する最新情報を幅広く取り上げます。お話いただくのは、リチウムイオン二次電池の高性能化や、次世代バッテリーの実現に向けた研究開発を手掛ける、株式会社スリーダムの取締役副社長 小黒 秀祐氏です。

第1回目となる本記事では、「リチウムイオン電池とEVの関係」について、ご紹介します。(執筆:後藤銀河、写真提供:株式会社スリーダム)

――初めに御社の事業について、ご紹介いただけますか?

[小黒氏]スリーダムでは、「電池の可能性を最大限に引き出し、循環社会を実現する」ことをビジョンに掲げて事業を行っています。特に独自の特許技術を用いたセパレータをコア技術として、リチウムイオン電池をメインとした研究開発と製造技術、そしてバッテリーのライフサイクルを可視化するためのブロックチェーン技術を、事業の2本柱としています。

EVは走行することでCO2回収のメリットを生む

――リチウムイオン電池の製造を直接手掛けられているのではなく、電池の研究開発と量産化技術の開発をされているということですね。

[小黒氏]「電気自動車(EV)は環境に優しい」とよく言われますが、一般的な自動車同様、その製造時には莫大な量のCO2が発生しています。ですから、EVは製造した後に利用者が長期間、長距離をちゃんと走行させ、製造時に発生したCO2を回収しなければ、メリットがでないということになります。自動車メーカーがEVをどんどん製造しても、短期間で廃車になってしまえばCO2の排出量は減るどころか、逆に増加させることにもなりかねません。

LCA(Life Cycle Assessment:環境負荷評価)の面からみると、EVだから環境に良いということは、手放しでは言い切れません。LCAは材料を採掘するところから始まり、材料を使って製品を作る、そして製品を使用して最終的に廃却するまで、トータルのCO2発生がどのようなバランスになるのかを評価するものです。

LCAは、製品等のライフサイクルを通じた環境負荷に着目し、それを定量的に評価する手法だ

出典:国立環境研究所 環環 2007年7月2日号 循環・廃棄物のまめ知識「ライフサイクルアセスメント(LCA)」

[小黒氏]我々がある自動車メーカーのEVを例として、製造から自動車としての寿命を終えるまでのCO2の発生と回収を試算したところ、電池を含めて製造する際に発生したCO2のほうが、EVとして回収するCO2よりも多いことがわかりました。LCAの視点では、製造時のCO2をきちんと回収するためには、車両の寿命を延ばす、つまり車載電池を長寿命化するということが、重要なポイントになるということです。

先ほど弊社では、リチウムイオン電池をメインとした研究開発と製造技術、製造から利用までバッテリーを管理するためのブロックチェーン技術を開発することを事業としているとお伝えしましたが、これは電池の材料を採掘するときから廃却するまでの価値を保証する中で、CO2を削減し、LCAを最大値にもっていくことを目指す、ということなのです。

リチウムイオン二次電池は今後の社会でも主流に

――電池を高性能化、長寿命化することで、CO2削減に大きなメリットがあるということですね。電池の種類としては、リチウムイオン電池が今後の主流になるとお考えですか?

[小黒氏]電池にはいろいろな種類があるわけですが、リチウムイオン二次電池(LIB)は、体積エネルギー密度、重量エネルギー密度ともに非常に高い、優れた電池です。LIBの前の世代の電池として、ニッケル水素電池が使われていましたが、負極をリチウムに変えたことでエネルギー密度が倍増しました。リチウムは周期律表でも原子番号3と非常に軽く、これ以上にイオン化傾向が大きくマイナス電位を持つものはありませんので、リチウムを使った二次電池はこれからも主流になると思われます。

今EVに搭載されているリチウム電池は、負極にカーボンを使ったリチウムイオン二次電池です。負極に金属を使うとエネルギー密度が倍くらいになるのですが、金属電極を使うとどうしても析出物ができてしまい、それが内部短絡を起こして、なかなか実用化できませんでした。2019年にノーベル化学賞を受賞された旭化成名誉フェローの吉野 彰氏が、負極に炭素材料を使い、正極にコバルト酸リチウム (LiCoO2)を使うという、現在の主流となったリチウムイオン二次電池の概念を確立されました。我々も他の電池メーカーも、さらに高性能な次世代型電池を目指すためには、負極にカーボンではなく金属を使うことを考えています。

――LIBの基本概念が確立されたのは1985年とのことですが、LIBが自動車に搭載されるようになるまで、かなり時間がかかっています。これには技術的な課題があったのでしょうか?

[小黒氏]自動車に搭載するときに最も重要なのは、「電池の安全性」です。LIBは可燃性の電解質を含んでおり、発火・爆発する危険性があります。例えば、昔の携帯電話は使っているうちに充電池が膨らんで裏ぶたが外れてしまうということがありました。これは充放電を繰り返すことでセルの内部にガスが発生して膨張、そして爆発に至っているためであり、セルがLIB発火の原因の8割くらいを占めているのです。セルの発火原因は製造工程、設計、異物、ばらつきなどさまざまですが、それを防ぐためには電池を作る工程を厳密に制御すること、そして余裕度のある電池設計が必要になります。

EVへの搭載という点ではアメリカで発売されたある電気自動車は、正極がNCA(ニッケルコバルトアルミニウム)タイプのLIBを採用していますが、開発を始めたのは今から15年程前で、世界中から電池を集めて1種類1種類の充放電特性や寿命を調べた上で、6~7年かけてパナソニック製の電池を選定し、BMS(Battery Management System)を作り上げました。このアメリカの電気自動車メーカーはこうしてEVへのLIB搭載を実現したわけですが、それまではEV向けにさまざまなLIBの信頼性をとことん評価して使いこなすことができておらず、LIBの信頼性は今ほど高くはありませんでした。

このアメリカの電気自動車メーカーが発売した電気自動車には、「18650」という円筒型のパナソニック製LIBを7,000本近く搭載しています。なぜ小型のLIBを大量に使っているかというと、中に入っている材料が少ないからです。100倍のサイズのLIBを使えば70本で済みますが、1本あたりの材料も100倍になります。もしそこに1個の欠点、不良品が入り込めば、70本のうち1本がダメになってしまいますが、小型の電池であれば、1本ダメになっても他の6,999本でカバーできます。つまり、材料の信頼性が高くない時点では、小型の円筒型LIBを使わざるを得なかったわけです。そのため多数の電池を搭載することになりますが、電池セル間の特性バラつきが大きくならないよう、BMSという仕組みを開発したのです。

当初は電圧が落ちたり、発火したりという事例もありましたが、徹底的な工程管理で品質を上げていくという取り組みをした結果、電池材料の品質がどんどん上がってきました。材料メーカーが不純物のオーダーを2桁以上も下げることに成功したことで、ようやくEVに搭載しても問題のないLIBが製造できるようになりました。

携帯電話には電池は1本ですし、パソコンでも6本しか入っていません。ところがEVには7,000本も搭載されるわけで、生産技術、材料技術など、電池を作り上げるまでの技術が進化したことで、多量に電池を使うEVでも問題が起こることが少なくなってきました。つまりLIBの信頼性が上がったことがLIB普及のブレークスルーであり、各国の環境への取り組みはその後に起こったトレンドなのです。LIBが普及した理由としては、いろいろな信頼性がEVとして使用できるレベルにまで向上してきた、というのが一つの答えなのかもしれません。

EV向け充電池の5つの課題

――EVがようやく普及し始めた理由には、法規の整備や補助金による施策に加え、メーカーの努力により信頼性の高いLIBが登場し、EVメーカーがLIBを使いこなせるようになったという技術的な側面があるのですね。信頼性以外に、LIBにとって重要なポイントには何がありますか?

[小黒氏]EV向けの電池業界では、主に5つの重点課題があります。まずは「信頼性の向上」で、わかりやすく言えば、バッテリーが止まらないようにする、火災事故を起こさないようにする、ということです。もともとガソリン自動車でも火災になるケースはありますが、電池を搭載した新しい自動車であるEVは燃えないという認識が一般的にありますので、その点を大切にする必要があります。

次が「高エネルギー密度化」で、1回の充電で何キロ走れるのかということです。航続距離については、例えばガソリンタンクくらいの大きさの充電池で、ガソリン車と同じくらいの距離が走れるようになれば、それはすごいことであり、電池の小型化と大容量化は、我々技術者がずっと追及しているテーマなのです。そして「長寿命化」については、車を廃車するときに、まだ使用できる価値の残った電池を一緒に破棄してしまうのではなく、電池の二次利用化を進める検討がなされています。EV用としての寿命を設定し、次に産業用や家庭用の電池として二次利用することになれば、電池の寿命を延ばし、生涯にわたって電池の状況を管理することも今後必要になってくると思われます。「ハイコストパフォーマンス」の点では、電池に使われているレアメタル、特にコバルトはコンゴや中央アフリカが主な産出国で、価格が高い点が課題となっています。コストパフォーマンスを改善するためには、こうした高価な材料を使わないバッテリーを開発することが必要となります。「循環型経済への対応」は、先ほどの電池の二次利用と同じですが、一度使った電池をゴミとして廃棄するのではなく、リユース、リサイクルまで視野に入れた使い方をしていくことが今後の社会では重要になってくるでしょう。

――次回は、「EVとリチウムイオン電池が普及するための仕掛けと技術的要件」と題して、お話を伺います。

取材協力

株式会社スリーダム


小黒 秀祐:
1979年松下電器入社、35年間リチウム電池事業に従事。2007年松下電池工業(株)取締役に就任。2009年パナソニック(株)エナジー社リチウムイオン電池ビジネスユニット長として、バッテリーセルを供給する住之江工場の立ち上げなどに従事。2012年パナソニックサイクルテック(株)の代表取締役を経て、2014年9月(株)スリーダム取締役副社長、2016年12月(株)スリーダム代表取締役社長。2018年9月より同社取締役副社長に就任。

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