一原子の厚みのグラフェン膜で、水素と重水素を分離できることを実証 原子力機構ら

日本原子力研究開発機構(原子力機構)先端基礎研究センター表面界面科学研究グループは2022年8月31日、東京大学、北海道大学、大阪大学と共同で、一原子の厚みのグラフェン膜で水素と重水素を分離できることを実証し、分離機構も明らかにしたと発表した。重水素の安価な精製法として期待できる。

水素(H2)の同位体である重水素(D2)は、半導体集積回路の高耐久化や光ファイバーの伝搬能力の向上、薬用効果を長くする重水素標識医薬品の開発、次世代のエネルギー源として注目されている核融合に必要不可欠なキーマテリアルとなっている。

D2の製造法の一つとして、H2とD2の混合ガスからD2を分離する深冷蒸留法と呼ばれる手法が知られているが、この手法は-250℃といった極低温が必要であること、HとDを分ける能力であるH/D分離能が低く製造コストが高いことが課題になっている。

近年、一原子の厚みのグラフェン膜が、常温で重水素イオンよりも水素イオンをより多く通す性質を持ち、H/D分離能が高いことが示唆され、常温かつ高H/D分離能を持つデバイスの創製に用いる研究が検討されている。しかし、グラフェン膜のH/D分離能を示す実験的確証が得られておらず、また、分離メカニズムも詳細が明らかになっていなかった。

そこで研究グループは、グラフェン膜のH/D分離能を実験と理論の両アプローチによって明らかにし、そのメカニズムを解明することを試みた。研究では、固体高分子形の電気化学デバイスに着目。デバイス内には水素イオンが流れるしくみがあり、グラフェン膜をこのデバイス内にうまく組み込むことができれば、グラフェン膜の「イオンふるい」の性質を実験的に検証できる。

二つの電極の間にエネルギー(電圧)を加え、H2とD2の混合ガスを陽極に供給すると、陽極で一部のH2とD2がイオン化して水素イオンと重水素イオンとなって、固体電解質膜の中に流れ込む。これらイオンは、もう一方の陰極で反応し、再度、H2とD2となって排出される。この反応過程で、グラフェン膜を水素イオンと重水素イオンが放出される箇所に入れれば、イオンふるいとしての効果を排出側の分析装置で評価できるはずである。

水素ポンピング法によるグラフェン膜のH/D分離能の評価の概念図

実際の構造は、グラフェン膜を固体電解質膜に貼り付け、その上にパラジウムからなる金属膜を重ね、二層構造の陽極を作製して用いた。この電極構造は、容易に既存のプロセスで再現性良く作製できる。また、パラジウム膜は水素や重水素を吸収し、電気化学反応で水素と重水素をイオン化して放出する性質を持つ。

このような陽極を用いてH/D分離能を検証したところ、陽極と陰極間に電圧を加えると、水素イオンがグラフェン膜を介して選択的に電解質膜に流れ、陰極側にD2よりもH2が多く排出された。一方、グラフェン膜が覆っていないパラジウム膜からなる陽極では、H2が多く排出されなかった。これらの結果から、グラフェン膜がイオンふるいとしての機能を持ち、H/D分離能を有することがわかった。

このように、固体高分子形電気化学デバイスの陽極の一部にグラフェン膜を組み込むことで、グラフェン膜のイオンふるい効果で、H/D分離能が発現しえることを実験的に再現性良く示した。

さらにH/D分離のメカニズムについて詳細な検証を実施。電圧の大きさがH/D分離能に与える影響を調べた結果、低い電圧を加えた場合はH/D分離能が高く、より反応を進行させるため加える電圧を大きくすると、H/D分離能が減少した。

次に、得られた実験結果を提唱されているニつのモデルを用いて理論計算によって検証。水素イオンと重水素イオンの特異的な吸着によって生じるモデルは、得られた実験結果を説明できなかったが、量子トンネル効果によるモデルではよく説明ができた。

(a) 研究で作製した陽極の構造  (b) H/D分離能と電圧との関係  (c) 電圧に対する水素イオンと重水素イオンのポテンシャルエネルギーの違い

こうした結果から、実験的にグラフェン膜が実際にH/D分離能を有することが明らかになった。また、詳細な検証実験と理論計算から、グラフェン膜のH/D分離能は、水素イオンと重水素イオンが一原子の厚さのグラフェン膜をすり抜ける量子トンネル効果で発現していることがわかった。

グラフェン膜の量子トンネル効果を利用した分離法は、高いH/D分離能が常温でも発現する。また、すでに商用化されている固体高分子形の電気化学デバイスは、常温~80℃程度の温度領域で動作する特徴を持つ。これまでの深冷蒸留法とは異なり、グラフェン膜とこのデバイスを組み合わせることで、冷却にかかるコストが一切必要ない低コストの分離デバイスの創製が期待できる。

分離コストを商用化レベルまで下げるには、より効率よく分離する(電圧を高くしても分離能が低減しない)膜を開発する必要がある。今後、一原子の厚さからなるグラフェン膜以外のナノ材料の適用により、量子トンネル効果を利用した常温かつ高分離能を持つ電極材料を開発し、デバイス化を試みる。

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