省エネの決め手となる次世代パワー半導体「ダイヤモンド半導体」とは [2050年カーボンニュートラルに向けた技術開発の最先端を知る]

世界中の国々がSDGsを掲げ、脱炭素社会の実現に向けて大きく舵を切りつつあります。私たちの身の回りでも、電気自動車やエアコン、冷蔵庫など、大きな電気モーターを使う機器の省エネ化が重要視されるようになり、周波数や電圧を制御してモーターを効率的に使うための、「インバータ」と呼ばれるデバイスのニーズが高まっています。今後さらに省エネを進めていくためには、このインバータの高効率化が喫緊の課題と言われており、インバータ回路の中でスイッチングを行う、「パワー半導体」の技術革新に向けた研究開発が注目されています。

今回の連載は全2回の構成で、次世代パワー半導体である「ダイヤモンド半導体」について、その優れた特徴や、実用化に向けた開発状況などについて、株式会社Power Diamond Systems 共同創業者/ 代表取締役CEO(最高経営責任者)の藤嶌 辰也氏にお話を伺いました。(執筆:後藤銀河 撮影:編集部)

<プロフィール>
株式会社Power Diamond Systems
共同創業者/ 代表取締役CEO(最高経営責任者) 藤嶌 辰也氏

ローム株式会社を経て、マサチューセッツ工科大学(MIT)Tomás Palacios Lab.にてGaN(窒化ガリウム)系半導体デバイス、半導体物性、デバイス・物性評価に関する研究に従事。2013年より、A.T.カーニー株式会社に参画。株式会社三菱総合研究所、デロイトトーマツベンチャーサポート株式会社を経て、2020年より京大発AIスタートアップである株式会社データグリッドに執行役員CSOとして参画。2022年8月に株式会社Power Diamond Systemsを共同創業。博士(工学)。

――初めに、御社の事業内容とダイヤモンド半導体とはどういうものなのか、ご紹介いただけますか?

[藤嶌氏]Power Diamond Systemsは、ダイヤモンド半導体デバイスの研究開発を行うスタートアップで、2022年8月8日に創業しました。ダイヤモンド半導体は、早稲田大学の川原田洋教授が1990年代から研究開発されていた技術で、早稲田大学ベンチャーズというベンチャーキャピタルからの創業投資支援をきっかけに、ダイヤモンド半導体を使ったデバイスの開発を目指して、Power Diamond Systemsを設立しました。弊社はファブレス・ファブライト型の半導体ベンチャーで、早稲田大学が共用利用設備として有する半導体プロセスファシリティなどを活用し、研究開発を進めています。

ダイヤモンド半導体は、従来のパワー半導体素子よりも優れた物性を備えているため、電気自動車(EV)や再生可能エネルギー向けなど、次世代パワーエレクトロ二クスと呼ばれる分野での活用が期待されている、次世代パワー半導体です。ダイヤモンド半導体はまだ研究開発段階の技術で、未だ実用化には至っていませんが、世界各国で研究開発が進められています。弊社は川原田教授の技術をコアとして、ダイヤモンド半導体による超小型・高効率インバータモジュールを実現することで、エネルギー社会における更なる省エネ化や脱炭素化に貢献することを目指しています。

Power Diamond Systemsが研究開発で利用している、早稲田大学のクリーンルーム
写真提供:早稲田大学

――パワー半導体と言えば、EVや鉄道車両、エアコンなどに搭載されているインバータが思い浮かびます。高速でスイッチングすることで電圧や周波数を変え、モーターの回転を制御して効率的に動かすためのデバイスという理解です。IGBT(絶縁ゲートバイポーラトランジスタ)とMOSFET(金属酸化膜半導体電界効果トランジスタ )がよく使われていますね。

[藤嶌氏]インバータに使われているパワー半導体素子としては、従来はシリコン(Si)を基材にしていましたが、より高性能化を目指すために炭化ケイ素(SiC)と窒化ガリウム(GaN)が使われるようになりました。SiCは大電流・高電圧用途を中心に、従来型のIGBTを置き換える形で普及が進んでいます。もう一方のGaNは、SiCよりも高速でスイッチング(オンオフ)できるという特性を生かし、100-1,000V程度の電源などに使われていくとみられています。

――確かに次世代パワー半導体では、SiCとGaNが2大巨頭のように言われています。ダイヤモンド半導体はこれらのパワー半導体と比較し、どのような点で優れているのでしょうか?

[藤嶌氏]パワー半導体は大電流・高電圧を扱うため、非常に高温になります。この発熱は電力損失となるため、効率化、省電力化を考えた場合、発熱をできるだけ小さくするような熱マネジメントが重要になります。この点で、ダイヤモンドという素材は熱伝導率が非常に高いという特徴があります。元々放熱用に使われる材料なので、ダイヤモンドの板を持った手の熱が伝わって簡単に氷が切れる、と言われるくらい熱が伝わりやすいのです。ダイヤモンドの熱伝導率はおよそ22W/cmKで、SiCやGaNに比べて数倍 高く、放熱性にも優れているため、熱マネジメントがしやすいという、大きなメリットがあります。

また、ダイヤモンドはバンドギャップ(※)が広いという特徴があります。ダイヤモンドのバンドギャップ5.47eVは、Siのおよそ5倍、高耐圧化が進められているSiCやGaNと比較しても大きな値となるため、さらなる高耐圧化が可能だと考えられています。今後大電流・高電圧というニーズが高まるにつれ、さらに注目されていく素材だと言えるでしょう。
(※)価電子帯の上部から伝導帯の下部までのエネルギーの差

もう一つの特徴は、電気伝導の仕組みの違いです。SiCやGaNは自由電子によって電気伝導が起こるn型半導体と呼ばれる素子になりますが、ダイヤモンド半導体は電子が入っていない穴である正孔が移動することによって電気伝導が起こる、p型半導体です。これまではn型半導体であるSiCやGaNの開発が世界的に進められていました。

――一般的な半導体の製造方法としては、例えば原子価が4であるシリコン(Si)の基板に、原子価5のヒ素(As)やリン(P)をドーピングするとキャリアが電子のn型半導体になり、原子価が3のホウ素(B)やアルミニウム(Al)をドーピングすると、キャリアがホール(電子空孔)のp型半導体になると理解しています。ダイヤモンド半導体はp型とのことですが、どのように製造するのでしょうか?

[藤嶌氏]人工ダイヤモンドの製造法としては、天然ダイヤモンドが地球の内部で生まれる条件に似せた、高圧高温の状況を実験室で再現して製造する高温高圧(HPHT)法と、 真空チャンバー内をメタンなどの炭化水素ガスで満たし、マイクロ波プラズマを使って種となるダイヤモンド結晶などの上に炭素を析出させて成長させる、マイクロ波CVD法(Chemical Vapor Deposition:化学気相蒸着)法があります。

ダイヤモンドはそのままでは絶縁体ですが、導電性を持たせるためにSiのようにAsやPといった不純物をドーピングするのは容易ではありません。電気を流す方法はいくつかありますが、例えば、高濃度にホウ素(B)をドープすると、不純物としてのイオン化エネルギーが小さくなり、いわゆる縮退半導体のような状態になり、導電性が得られます。また、水素原子によって表面を水素終端化処理すると、表面近傍が正孔で蓄積された低抵抗の伝導層になり、導電性が得られます。

10〜20年後にはさまざまな分野での実用化も

――ダイヤモンド半導体の実用化に向けた流れをどのようにお考えですか?

[藤嶌氏]私たちは大学の研究シーズが企業の研究開発へとつながるための橋渡しとして、研究開発ベンチャーを立ち上げました。企業で開発される新しい技術は、研究開発や量産に向けた技術開発を経て量産化という流れになりますから、社会実装まである程度時間がかかります。ダイヤモンド半導体に関しては、半導体用途を想定したダイヤモンド基板を製造するメーカーも出てきました。そして、私たちのような大学の研究シーズを企業の研究開発へとつなげるための事業を行う企業が増えれば、基板とデバイスの両輪で研究開発が進み、10〜20年後にはダイヤモンドがパワー半導体素子として広く使われる世界になっていくと見ています。

ダイヤモンド基板は、ここ数年でようやく1インチを超えるサイズの基板を作るメーカーが出てきて、徐々にですが、実用化に向けた研究開発が加速し始めていると言えるでしょう。今後も、私たちのようなデバイスメーカーが、ダイヤモンドを使うメリットやデバイスの特性をきちんと基板メーカーに伝え、基板メーカーが大口径の基板を作るためのインセンティブを与える必要があると考えています。

ダイヤモンド半導体が普及するのは、まだまだ先のことのように感じるかもしれませんが、開発の早い段階で優位なポジションを築いておくことが重要になるのです。

次回は、「次世代半導体「ダイヤモンド半導体」が実現する未来とは」と題してお話を伺います。

取材協力

株式会社Power Diamond Systems



ライタープロフィール
後藤 銀河
アメショーの銀河(♂)をこよなく愛すライター兼編集者。エンジニアのバックグラウンドを生かし、国内外のニュース記事を中心に誰が読んでもわかりやすい文章を書けるよう、日々奮闘中。


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