光速の約50%のイオンビームを発生――次世代重粒子線がん治療装置の開発に寄与 量子科学技術研究開発機構ら

量子科学技術研究開発機構(QST)は2024年5月13日、同機構とドレスデンヘルムホルツ研究所、インペリアルカレッジロンドンの共同研究グループが、レーザー光により光速の約50%のイオンビームを発生させたと発表した。同発表によると、世界最高到達速度に達したという。

重粒子線がん治療は、患者の身体に与える負担の小ささから近年注目されている。同治療は放射線治療の一種で、高速の炭素イオンによりがん細胞を死滅させるものだ。

QSTは、同治療向けにレーザー技術を用いてイオンを発生させ、予備加速まで行うイオン入射器と、イオンを加速器で治療に要する速度エネルギーに加速する「シンクロトロン」を組み合わせた、次世代重粒子線がん治療装置の開発に取り組んでいる。

さらに、レーザー技術のみでイオンを必要な速度に加速する技術を確立できれば、超小型がん治療装置の作製が可能になるという。

しかし、最も軽い水素原子イオンを加速させる場合でも、これまで速度が光速の40%、運動エネルギーでは100MeVに留まっていた。

今回の研究では、ドレスデンヘルムホルツ研究所のDracoレーザーを使用。レーザーの時間波形を適切にコントロールすることで、速度が揃った高速陽子を発生させている。

厚さ0.21~0.27μmのプラスチック薄膜にレーザーパルスを45度の角度から照射し、薄膜を透過したレーザー光(透過光)を計測するとともに、加速した陽子の運動エネルギーを独立した4つの検出器で測定した。冒頭の画像は、計測の様子を示したものだ。

ターゲットの厚みを変えながら透過光と陽子を測定したところ、透過光の割合が数%となった際に、レーザー進行方向から15度に置いたトムソンパラボラ分光器にて光速の50%の陽子が繰り返し生じた。

発生した陽子の運動エネルギー(縦軸)を、透過光の入射光に対する割合(横軸)に対してプロットした図。
青がイオン検出器TPS15、オレンジがイオン検出器TPS45による計測結果

大型計算機による流体シミュレーション、3次元プラズマ粒子シミュレーションで実験結果を再現したところ、3種類の異なる加速機構を段階的に実現することで高速陽子が生じることが判明した。

レーザーの時間波形の立ち上がり部分では、第1段階の放射圧加速により薄膜の前面(レーザー照射面)にて陽子が加速している。

続いて、レーザーの時間波形のピーク近辺では、第2段階の相対論的透過現象による加速が支配的となった。薄膜裏面側のサブμmスケールの極小空間に、強力な加速電場が形成されている。

この際、薄膜前面で加速した陽子が裏面に到達する時刻と、薄膜裏面に形成された強力な加速場形成のタイミングが一致すると、陽子が加速場で追加速される。

さらに、第3段階のクーロン反発効果による加速では、後から加速される高速度の陽子との間のクーロン反発力により、先に加速されていた陽子線がさらに追加速される。このようなプロセスを経て、陽子が光速の50%(運動エネルギーでは150MeV)に加速することが明らかになった。

多段階の加速機構

同発表によると、光速の40%というイオンビームの速度は、これまで四半世紀にわたって更新できていなかったという。今回の研究では、世界最大規模のレーザー施設の出力(約1kJ)の50分の1となる20Jのレーザーを用いてこれを更新した。

同研究グループは今後も研究を進め、陽子を光速の55%に加速する原理実証を目指す。光速の55%は、治療に要する速度に相当する。また、超小型重粒子線がん治療装置での採用に向けて、将来的な目標を光速の73%とした。

関連情報

レーザー光によるイオンビーム発生で世界最高速度を達成~粒子線がん治療装置を小型化する「量子メス」のさらなる進化に大きな一歩~ – 量子科学技術研究開発機構

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