「科学と学習」と聞いてピンとくる人は40代以上のベテランMakerだろう。昭和の子どもたちは毎月ドキドキしながら箱を開け、ふろくを組み立てて実験や工作を楽しんだ。今の子どもやその親世代はほとんど知らないだろう。
2024年夏休み、東京都杉並区の科学体験施設「未来をつくる杉並サイエンスラボ IMAGINUS(イマジナス)」で「学研『科学と学習』ふろく展」が開催されている。どんなイベントなのか? 「科学と学習」のふろくとは何なのか? 会場を訪れ、話を聞いた。
巨大化したふろくや体験展示も——「百聞は実験にしかず! 学研『科学と学習』ふろく展」開催|fabcross |
ふろくが目玉の月刊誌
半世紀前、全国の小学生の2人に1人が読んでいたという学年別月刊学習誌があった。学習研究社(現 Gakken)が出していたその雑誌は、ピーク時の1980年ごろ、月間で600万部以上の発行部数を記録した(系列誌全てを含む)。「○年の科学」「○年の学習」(○には1~6までの学年の数字が入る)——通称「科学と学習」。創刊は「○年の学習」が1946年、「○年の科学」が1963年だ。
巨大な発行部数を支えた一番の要因は、「ふろく」だ。当時の子どもたちには入手が難しい、実際に使える理科教材や学習教材が付いていた。ふろくの多くは完成品ではなく、プラスチック製のパーツや部材で提供される。本誌の作り方を見ながら、子どもが1人で組み立てた。自分で作った「本物」が手に入るところが魅力だった。
1990年代に入ると、さしもの巨大雑誌群も児童数の減少とともに部数を減らし、2010年には休刊を余儀なくされた。「科学と学習」は、今40~60代の人たちにとって子ども時代を彩るアイテムの1つだが、同時に昭和の懐かしグッズとなってしまった。
令和によみがえったふろくたち
「IMAGINUS」は2023年に「わたしのなかの科学に出会おう」というコンセプトのもと、杉並第四小学校の跡地に設けられた科学体験施設だ。校舎などの建物はそのまま利用されている。今回の展覧会は体育館で開催された。
入り口を飾るのは巨大な顕微鏡のオブジェ。当時、「4年の科学」のふろくに付いていたものを大きくした。周りには、実際にふろくとして付いた歴代の顕微鏡が並べられ、実際に来館者がのぞけるようになっている。
展示の目玉は、体育館の中央にずらりと並べられた400点ほどのふろくだ。顕微鏡に双眼鏡、試験管セットなどの「科学」のふろく、学習器やスチロールカッター、立体地図作りなどの「学習」のふろくが、学年別、時代別に整理して並べられている。当時を知る者にとって、記憶の扉を開けるには十分な質と量だ。実際に自分が手に取った、懐かしいふろくにきっと出会えることだろう。
なぜ今、ふろくなのか?
展覧会としての充実ぶりは目を見張るものだが、昔のふろくが今の親子にどう響くのか? そのあたりをIMAGINUS広報の池田夏子氏に聞いた。
池田:今回のイベントは、ふろくというコンテンツを持つGakkenに協力いただき、企画しました。並べられたものを見て、改めて「いろいろな世代に科学の面白さをアピールしたい」という当施設のコンセプトにもピッタリ合うと感じました。来場されるお客様は、昔を知る中高年の方だけではありません。今の親世代の方がお子さんと来場されるケースも多いです。みなさん興味深く、ふろくを見ていかれます。
祖父母、親、子と3世代にアピールできる展覧会だが、ただ見るだけではない。展示スペースの周りには、ふろくのアイデアを別の形で具体化した体験型展示物がずらりと並べられている。「かがみ」「レンズ」「望遠鏡」「磁石」など、テーマごとに分けられ、いずれも親子で触り、動かして、科学の不思議を実感できる。
ふろくを見るのがメインとはいえ、やはり今の親子にはこういう体験をしてもらった方がいい。ふろくの世界観がより伝わる。ふろくと展示物が「科学の面白さ」という共通のコンセプトで結ばれているのを感じた。
ふろくはどうやって製作されていたのか?
展覧会の中で、当時、どういう過程でふろくが作られていたかを、「5年の科学」に付いた「スタンド月球儀」の製作を通して紹介したコーナーがあった。見過ごされがちな一角だが、「ものづくり」という観点からfabcrossの読者には興味深いのではないだろうか?
実は、筆者は1982年から2014年まで学研に勤務し、「科学と学習」の編集長としてふろく作りに関わっている。当時を振り返りつつ、企画から商品化までを紹介してみたい。
「○年の科学」「○年の学習」は学年別なので編集長は12人いる。ふろくに関しては編集長が企画を立て、責任者として製作を進める。最初の発想はいろいろだ。持ち込みの場合もあるし、天啓のようにひらめくこともある。筆者も枕元にメモ帳を置いておき、夢の中で思い付いたアイデアを書き記しておく、ということをやっていた。
発想メモをもとに、「教材開発室」という、製作を担当する別スタッフと機能見本を作る。アイデアはあってもそれが本当に機能するものなのか、確かめる必要があるからだ。残念ながら、物理法則を無視した夢の中で思い付いたことは、たいていアイデア倒れに終わった。
機能が確認できたら、教材としての有用性、子どもたちへのアピール度、安全性などを加味して企画をまとめ、企画会議にかける。部長以下、編集長同士で批評し合う。当然手厳しい意見も出る。激しい議論を経て企画は磨かれる。
緊張の御前会議
会議でOKが出れば次の段階に進む。機能見本から実際に商品として手に取ることができる試作を作る。この段階では素材の吟味、組み立て品として無理がないか、デザイン性など、新たな視点が加味される。
筆者が在籍していた頃、試作は御前会議と呼ばれる最終決定会議にかけられた。社長以下担当の役員が出席する。当然、ここでもシビアな意見が出て、原価や利益のところまで追求される。編集長は針のむしろに座らされるようなものだが、ここを突破すれば自分の企画が商品になる。
量産から流通まで
御前会議を経て、企画は正式にGOとなる。試作も金型を意識した量産試作の段階に進む。製作会社に金型を発注する。同時並行で部材の仕入れが進む。
金型が出来上がったら試し打ちとなる。T1(最初の試し打ち。「トライワン」と呼ばれる)、T2、T3と段階を経ながら金型を製作していく。編集長は、各段階で打たれた部材を実際に組み立てて、不具合がないか、ちゃんと動くか、仕入れた部材と組み合わせながらチェックしていき、修正要求を出す。
こうして金型が完成すると、量産に入る。生産された各プラスチック部品は、最後に各部材と一緒に箱詰めされ、出荷される。
商品はロジスティクス倉庫にいったん納品され、そこから全国の「直販所」と呼ばれる代理店に配送される。直販所のスタッフが学校や家庭に赴いて、読者の手に商品を渡す。「科学と学習」は、書店を経由しない「直販」という販売システムで売られていた。
時代を超えたキャッチフレーズ
企画の発想から商品として読者の手元に届くまで、早くて8カ月、遅くて1年。その間、たいてい紆余(うよ)曲折がある。編集長としては、累々と積み重なった企画の屍(しかばね)を踏み越えて、初めて商品化にたどり着く。
展覧会で並べられたふろくたちは、さまざまな経緯を経て、生き残った商品なのだ。fabcrossの読者には「ものづくり」の視点で見てもらえると、展覧会がひと味違ったものになるのではないかと思っている。
筆者が25年前に企画したふろくも展示されていた。スピーカーの振動を利用して球を弾ませ、玉入れゲームなどができるものだ。音の正体が振動であることを体感してもらう狙いがあった。ちょうどいい出力のスピーカーを見つけるのに苦労した思い出がある。
展覧会のテーマは「百聞は実験にしかず」。「百聞は一見にしかず」のもじりだが、筆者が学研にいた頃のふろく作りの基本方針でもあった。この言葉は1980年代から2000年代にかけて活躍した学研の名物編集長 湯本博文氏が好んで口にしていた。筆者も彼の薫陶を受けた1人だ。
みなさんも、ぜひ会場に足を運び、展示物を体験しながら、ふろくの世界を堪能してほしい。
(fabcrossより転載)
関連情報
ライタープロフィール
金子 茂
エディトリアルサービスSHIGS(シーグス)代表。元・板橋区教育科学館館長。
学習研究社(現・学研ホールディングス)で「○年の科学」「○年の学習」の編集長、「大人の科学マガジン」創刊編集長などを歴任。2014年に独立して現職に就く。
科学教材の企画製作、教育関連書籍の編集などに携わる。小中学校でのプログラミング教育、STEAM教育に関する記事も多数執筆。