過酷な宇宙空間での24時間365日安定運用を目指し、設計/解析/製作/試験を12年間繰り返して作りあげた「しきさい」の光学センサ開発――JAXA 田中一広氏

地球上のさまざまな気候変動の未来を予測し対策を講じるために、宇宙から地球全体の環境変動を長期間にわたって観測しようというプロジェクトが、宇宙航空研究開発機構(以下、JAXA)の地球環境変動観測ミッション(GCOM: Global Change Observation Mission)である。そのミッションの一翼を担っているのは、多波長光学放射計(SGLI)を搭載した気候変動観測衛星「しきさい」だ。田中一広氏は、機能/性能とも高い評価を得ている光学センサの開発に携わり、現在は3代目のプロジェクトマネージャとして、運用の責任者を務めている。(執筆:杉本恭子、撮影:水戸秀一)

――大学の専攻は理工学部電子通信学科で、専門は音響工学だそうですね。なぜ宇宙開発の仕事を選んだのですか。

音響工学を専門にしたのも、JAXA(旧宇宙開発事業団NASDA)に入社したのも、「何か、面白いことをやりたい」という想いがきっかけです。就職先を検討する際は、業界を限定しないで、いろいろな企業のOBを訪問しました。多くのOBが「仕事には嫌なこともあるけれど、それはしょうがない」という話をされる中で、NASDAの方だけが「ここの仕事は面白いよ」と話してくれました。私が就職活動をしていた1986年はバブルの時代で、日本初の国産ロケット「H1ロケット」の打ち上げを目指している時期だったので、背景にはその高揚感もあったのかもしれませんが、私の希望に一番合っている、と感じたのです。

子供のころからものの構造やつくり方、改善点を「考える」ことが好きだったと話す田中さん

――ということは、就職当時は宇宙開発についてはほとんどご存知なかった?

はい。JAXAには子どもの頃から宇宙に憧れを持っていた人が多いのですが、私は宇宙のことはほとんど何も知らない状態で就職しました。最初の勤務地は、ロケットの射場がある鹿児島県の種子島でしたが、もちろんロケットを見るのも、触るのもまったく初めて。そんな状態でしたが、仕事はOBの方が言っていたように面白く、どんどんのめり込んでいきました。

ロケットの状態の把握や制御は、ロケットに搭載されている電子機器と、地上の施設にある電子機器が通信することで行います。私は大学で電子通信を学んだこともあり、電気系地上設備を担当しました。今では電子音声になっている「5・4・3・2・1」という、ロケット打ち上げのカウントダウンですが、これも当時は電気系の新人の仕事の一つで、私もやったことがあります。

種子島に勤務した2年間で、ロケットとはどういうものなのか、どう制御して追跡するのかなど、ロケットの基礎的なことを学びました。ロケット打ち上げ時は、たくさんの人が集まってお祭りのようになるのですが、多くの人がかかわり、その中で達成感を得られた、とても良い経験だったと思います。

――その後、筑波宇宙センターで追跡管制の業務に就かれましたね。追跡管制とは、具体的にどのようなことをするのですか。

軌道上の人工衛星を追跡してコントロールする仕事です。ロケットの打ち上げは、3ヶ月ぐらい前から分解されたロケットを種子島に運び、組み立てて、衛星を搭載して、当日を迎えます。それに対して追跡管制は、打ち上げ前は綿密な準備をすることが仕事。打ち上げ後にバトンを受け取り、それ以降何年も続く仕事が始まるのです。

宇宙開発はいつも一発勝負で、打ち上げてしまうと基本的に衛星の修理ができません。宇宙空間では本当に何が起こるか分からないのですが、何かが起こったときにどうすれば復旧できるかを、考えうるかぎり議論し、訓練して準備します。それでもわれわれの発想を超えた事象も起こりますし、衛星の一部が故障してしまうこともありますが、事前の訓練の成果を応用したり、残されている別の機能を活用したりすることで、なんとか立て直していくのです。

射場での業務とはまったく異なるため、ここでもまた一から勉強しながらスタートし、約8年間務めました。非常にアトラクティブでやりがいのある仕事でした。

――その間、NASA(アメリカ航空宇宙局)に長期出張されたこともあるそうですね。

はい。私の希望で、1年間NASAに行きました。主な目的は、データ中継衛星の実験です。追跡管制は人工衛星を追いかけるのですが、日本から見えない位置にいる衛星とは、直接通信ができません。そこで通信を中継してくれるのがデータ中継衛星です。当時、日本ではまだデータ中継衛星を打ち上げたことがなかったので、NASAの担当部署に1年間入って、さまざまなケースに応じた追跡方法を議論したり、実験を行ったりしました。

その頃のNASAには、アポロの打ち上げを経験してきたベテランの方々がたくさんいました。その方々と話をすることも、とても面白かったですし、大変勉強になりました。

分解能250m、観測幅1000km、2日で地球全体を観測

――現在はGCOM(地球環境変動観測ミッション)のプロジェクトマネージャをしておられます。GCOMとはどういうプロジェクトなのですか。

GCOM(Global Change Observation Mission)は、地球の環境変動を長期、かつグローバルに観測することを目的としたプロジェクトで、マイクロ波放射計を搭載した水循環変動観測衛星「しずく」(GCOM-W) と、多波長光学放射計を搭載した気候変動観測衛星「しきさい」(GCOM-C) の2種類の人工衛星で構成されています。しずくは2012年5月に、しきさいは2017年12月に打ち上げられ、2つの人工衛星がそれぞれの方法で観測するデータによって、地球環境の変動を捉え続けているのです。

しきさい、しずく、静止気象衛星「ひまわり」などの各衛星は、搭載するセンサ種類が異なるため観測するデータの得意分野があるのですが、近年は、こうした複数の人工衛星の観測データや、海洋、気象など専門分野の数値モデルや物理モデルを組み合わせることによって、想像以上に多くのことが分かるようになってきています。

観測データは、天気予報など私たちの生活のさまざまな場面で活用されている。

――田中さんは、いつからしきさいに携わっているのですか。

私は追跡管制の業務後、1996年から環境観測技術衛星2型(みどり2号) の光学センサ担当になり、1999年からは、しきさいに搭載している光学センサ「多波長光学放射計(SGLI:Second generation Global Imager)」の最適な観測範囲、それを実現するために必要な部品選定を考える概念設計、2005年からはその開発に携わってきました。現在は、しきさい衛星、センサの計画立案/運用、状態モニタ、評価と観測データ処理/利用促進のプロジェクト業務を担当しています。しきさいには、概念設計から一貫して20年以上関わっていることになり、光学センサ技術の学習・習得は現在も続いています。

――しきさい衛星の特徴を教えて下さい。

しきさい衛星に搭載されている光学センサ「SGLI」は、「みどり」衛星搭載の「OCTS」、「みどり2」衛星搭載の「GLI」に続く3世代目の光学センサで、可視・近赤外放射計と赤外走査放射計の2つの光学センサで構成されています。近紫外波長域(380nm)から熱赤外波長域(11μm)までの19チャネルにより、雲、エアロゾル、雪氷、陸面温度/海面温度、植物プランクトン、植生指数など、地球の気候に関する29種の物理量を観測することができます。

JAXA提供

SGLIの分解能は250mと少し粗いのですが、1000km以上の広い観測幅を持っており、約2日で地球全体を観測できます。1000kmというのは、関東から四国までを一度に観測できる幅です。

デジカメと同様に、焦点距離を変えれば数十m、数mの分解能にすることも可能ですが、そうすると観測幅が狭くなり、地球全体の観測に何日もかかってしまいます。目的に照らし合わせて議論、検討を重ねチューニングした結果、最適だろうと判断した分解能が250mで、観測幅1000kmのタイプでは、世界最高峰の性能です。

課題の洗い出しと解決策の模索の連続で「ずっと走り続けた」開発

――しきさいに搭載するSGLIの開発はどのように行われたのですか。

例えばSGLIの2つのセンサの内の一つ、可視・近赤外放射計は、フィルタとCCDが付いている5本の鏡筒(望遠鏡)が、大きな箱に設置されているような構造 ですが、開発はJAXAだけで行うのではなくフィルタやCCD、レンズなど各分野のエキスパートと議論を重ね、それぞれのメーカーで開発していただきます。

JAXA提供

完成には12年かかりましたが、試作モデル、エンジニアリングモデル、実際の打ち上げモデルと3回のサイクルを回し、都度さまざまな設計/解析/製作/試験を繰り返し、繰り返し行い、宇宙空間で安定運用できる性能を実現しました。

――各分野のエキスパートの方々と議論するには、相当幅広い知識も必要だと思います。

「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」に尽きますね。専門外である宇宙開発の世界に入ったときも同じですが、専門外のことは頭を下げて「分からないので教えてください、これはどういう意味ですか」と教えを請い、「これはできない」と言われれば、「なぜできないのか、こういう工夫はできないのか」と質問攻めにし……。当時は「そんなことも知らないのか」と思われていたのでしょうが、しばらくすると相手の方も、私が食い下がって質問を繰り返すことを理解してくださるようになりました。そうして人間関係を構築したことで、限界の性能を求めて議論を重ね、衛星の性能を高めていくことができたのだと思います。

――約12年間のSGLI開発は、相当なご苦労だったのでは。

SGLIは3世代目の光学センサなので、それまでの軌道上実績のあるセンサより性能要求が厳しくなっています。同時に、欧米の同種のセンサとの競争もありますし、性能を妥協してしまうと、後で困ることも分かっています。時には衛星のデータを使う側からの高い要求と、作る側の見解が折り合わないこともあります。限界の性能を引き出しつつ、振動や熱、連続運用など、過酷な条件に耐えられなければならず、しかも一発勝負で、打ち上げた後には修理も改善もできない。課題の洗い出しと解決策の模索の連続で、ずっと走り続けているような感じでしたね。

もちろん苦しいこともありましたが、むしろやりがいがある、というほうが正しいでしょう。各メーカー担当者との継続的な議論、ギリギリまで頑張っていただいた努力なしには、成し得なかったと思っています。

2018年1月1日にしきさいから送られてきた初めての画像を見たときは、すごく嬉しかったですね。衛星が北から日本に向かって南下する途中で、カムチャッカ半島にある活火山を捉えたもので、250mの分解能でくっきりと写っていました。うまくいくはずだと思いつつ、どこかに見落としがあるのではないかという思いも常にありましたから、この画像を見て、今までの対応は間違っていなかったとあらためて実感することができました。

考え続けること、会って話すこと

今現在も安定して地球を連続観測している「しきさい」。「観測データを、世の中に役立てていただきたい」

――JAXAで仕事をする醍醐味、面白さはどんなところにあるのでしょう。

JAXAは製品開発において、メーカーほど制約が多いわけでもなく、また自由に研究ができる大学や研究所とも異なる環境です。人工衛星を作る、という大きなミッションの中で、ある程度裁量を持たせてもらって仕事を進めるスタイルは、私には合っていると思っています。多くのパートナーと協力しながら人工衛星を無事に完成させ、共に喜び合い、そのデータを多くの人たちに活用してもらうことが楽しいですね。

5年前、10年前に、各メーカーの人たちと議論したこと、喧嘩したことは、よく覚えていますし、皆さんが開発の中で非常に苦労されたことも理解しています。その多くの人たちの苦労や努力が、今の成果に完全にリンクしている。「あの時妥協しなかったから、実現できた」ということをかかわる人たち皆と共有できる。これは、JAXAだからこそ体験できることかなと思います。

――田中さんにとって、エンジニアとして仕事をするうえで、大切なことは何だと思いますか。

私は子どもの頃から好奇心旺盛で、考えることが好きでした。色々な製品を見て「なぜこうなっているのか」、「どうやってこれを作るのか」、「こういう可能性はあるのか」、「こうしたらいいのではないか」と、よく考えていましたが、それは今でも変わりません。直接仕事と関係ないことでも、気になることがあれば調べたり、考えたりしています。

特に、宇宙用の光学センサ技術は、非常に幅広い範囲を深く掘り下げることが求められるので、考え続けることは非常に重要です。でもこれは、エンジニアに共通の素養なのかもしれません。

もう一つは、人と直接会って話すこと。例えば論文として公表されている研究でも、そこに至るまでの苦労や、判断の背景など、行間からすべてを読み解くのは困難ですが、会って、話すことによって、深い内容まで理解できるようになります。

開発をしていたときにはメーカーの熟練工の方と話し、今は観測データの活用について物理の先生と話をしていますが、知らないことを教えてもらっているという点では、マインドは入社当時とまったく変わらないですね。

――田中さんにはピッタリの仕事といえそうですね。

そうですね。私のように好奇心が強く、いろいろな物を組み合わせて大きなものを作りあげていくことを面白いと感じる人には、合っている仕事だと思います。でも自分の手を動かして作る、という機会はあまりないので、自らの手でものづくりをしたいという方には、物足りないかもしれません。実際にエンジニアの知人からは「田中のやっているような、多方面と調整する仕事はできない」と言われることもあります(笑)。人それぞれ、性に合う仕事は必ずあります。ですから、エンジニアとしてのキャリアを考えるうえでは、まず「自分が何をしたいのか」ということを、よく考えることが大切だと思います。

関連リンク

宇宙航空研究開発機構



ライタープロフィール
杉本 恭子
幼児教育を学んだ後、人形劇団付属の養成所に入所。「表現する」「伝える」「構成する」ことを学ぶ。その後、コンピュータソフトウェアのプログラマ、テクニカルサポートを経て、外資系企業のマーケティング部に在籍。退職後、フリーランスとして、中小企業のマーケティング支援や業務プロセス改善支援に従事。現在、マーケティングや支援活動の経験を生かして、インタビュー、ライティング、企画などを中心に活動。心理カウンセラー。


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