EVの歴史と現状。自動車業界で起きているEVシフト、普及のカギは――GLM 仙北屋紀史氏

GLM株式会社 営業本部 営業部 部長兼技術本部PM 仙北屋紀史氏

近年、自動車を取り巻く環境に大きな変化が起きつつあります。環境保護の観点から、これまで中心だった化石燃料で動くガソリンエンジンやディーゼルエンジンといった内燃機関(ICE:Internal Combustion Engine)を動力とする自動車から、バッテリーを搭載して電気モーターで動くEV(Electric Vehicle)へのシフトが、欧州や中国を中心に加速しています。今回の連載では、EV開発の歴史や変遷、そして今後の展望など、最新情報を前編、後編の2回に分けて紹介します。

前編は「EVの歴史と現状」と題し、EVの自社開発や販売などを手掛けるGLM株式会社 営業本部 営業部 部長兼技術本部PM 仙北屋紀史氏にお話を伺いました。(執筆:後藤銀河)

――始めに御社の事業内容をご紹介ください。

仙北屋氏:弊社は2006年に立ち上がった京都大学発の「京都電気自動車プロジェクト」を継承する形で、2010年に設立しました。弊社のオリジナルEVである日本初のスポーツタイプEV「トミーカイラ(Tommykaira)ZZ」を開発し、2014年から販売しています。他にもこの開発を通して得られた技術を基に、自動車メーカーや部品メーカーのEV開発支援を提供するプラットフォーム事業も展開しています。

99台限定で販売するスポーツタイプEV「トミーカイラZZ」。車重920kgのライトウェイトスポーツカーだ。

――日本の大手自動車メーカーが量産EVを発売したのが2010年ですから、それよりも早くからEVに取り組まれていたわけですね。

仙北屋氏:京都大学発のベンチャーだった当時は、既存車両をEVへと改造するEVコンバートを手掛けていました。トミーカイラのガソリン車(注:かつて京都にあった株式会社トミタ夢工場が生産していた初代トミーカイラZZのこと)を購入して、エンジンを降ろしてモーターユニットをいれて、何とか動くような形にしていました。その中で分かったのは、エンジンとトランスミッション、ガソリンタンクといったICEのパッケージングが、EV化には向いていないことでした。

そのため弊社で開発するトミーカイラZZでは、新たに EV専用シャシーを仕立てました。重いバッテリーを搭載するため、ボディを軽量化し、モーターもスポーツカーらしい蹴りの強さ、立ち上がりの良さが表現できるトルク特性が出せるよう、研究開発を行っています。その結果、停止から時速100キロまで3.9秒という性能を実現できました。

――ICEの開発を縮小するメーカーが増え、世界的にEVシフトが明確になっていますが、EV普及に向けて必要な技術的な課題は何でしょうか?

仙北屋氏:サステナブルな新技術として登場したように思われるEVですが、実は19世紀の自動車の黎明期から存在していた技術です。当時はまだガソリンの入手が難しく、一般に利用できる動力源として、石炭や電気が中心となっていました。当時の自動車は馬車の代わりですから、エアコンもいらないし、走行距離も短くても良かったので、構造がシンプルなEVが主役でした。

20世紀初頭にT型フォードが登場し、ガソリンをエンジンでエネルギーに変えて走る内燃機関を動力とする自動車が脚光を浴びて、一気に普及しました。自動車を石油で動かすのか、電気で動かすのか、その時代で利用しやすいインフラに左右されてきたのだと思います。現在もまた、ICEなのかEVなのかという論争の中で、日本においてはICEも併用したパワーユニット、諸外国においてはEV、という流れになってきています。

EV普及のカギはインフラの整備とバッテリーの性能向上

――EVでいうインフラとは、充電ステーションのことでしょうか。

仙北屋氏:EVのネックは、出先での充電に時間がかかることです。ICEは、3分位で500キロ走行できるだけの燃料が給油できますが、EVは30分で200キロ程度。自宅であれば夜間に充電できますので、出先での急速充電が課題になります。

EV普及のカギはインフラだと語る仙北屋氏。

仙北屋氏:日本のEVは、CHAdeMO(チャデモ)と呼ばれる充電規格を採用しています。この規格による急速充電ステーションは、ほとんどが50kW出力ですが、テスラは独自仕様の「スーパーチャージャー」と呼ばれる75kW~120kW出力の急速充電器を導入しています。

さらに高出力の充電器の検討も進んでおり、テスラは最大250kWとされるスーパーチャージャーV3を発表しています。CHAdeMOでも200kW化を視野に規格が改訂されていますが、このレベルが実用化されればネーミングの通り5分の間にお茶でもしながらの充電で200キロ走れるようになります。充電ステーションの数もそうですが、充電規格自体も今のままで良いのかどうかを考え、高性能な急速充電設備をインフラとして整備しないと、日本でEVが普及していくのは難しいと思います。現状ではお茶菓子まで楽しめてしまいますから。

――車両側の課題にはどのようなものがありますか?

仙北屋氏:EVパワートレインの構成要素は、電気を蓄えるバッテリーと直流を交流に変換するインバーター、そして電気を動力に変えるモーターの3つです。この中で特にバッテリーに課題があります。ガソリンと比較しても遜色ないエネルギー密度を目指す必要がありますが、現在主流のリチウムイオン電池(LIB:Lithium-Ion Battery)ではそれが難しく、ポストLIBとして研究が進んでいる全固体LIBも、EVの航続距離性能というよりはバッテリー自体の熱コントロールなど安全面でのメリットが多いように感じます。

シート後部のロールオーバーバーに守られた黒いケースにLIBが格納されている。LIBからの直流出力はその後ろのインバーターで3相交流に変換され、3本のオレンジ色の高電圧ハーネスによって下部のモーターへと接続されている。

仙北屋氏:また、バッテリーはエネルギーを蓄えるものですが、ICEの燃料タンクとは意味合いが違います。バッテリーは必要な時に必要な電力を出せる必要があり、バッテリーとインバーターとモーターは、切っても切り離せない。つまり、バッテリーは単なる燃料タンクではなく、パワーユニットの一部なので、この性能が上がらないとEVの価値が見出せません。

――一方で、中国市場では多くのEVメーカーが生まれ、普及が進んでいるようですが。

仙北屋氏:中国では、2015年に国策としてEVなどの新エネルギー車を国家産業競争力の核心的利益として育てていく方針を打ち出しました。それ以降、何百社というEV関連メーカーが生まれています。燃焼機構や動力伝達機構が複雑なICEは、ある程度経験を積んだメーカーでなければ開発できませんが、バッテリーと電気モーターを使うEVは、自動車開発経験のない企業にとって新規参入の障壁を下げるパッケージです。

中国のEV市場では、生き残りをかけた競争が始まる

仙北屋氏:ただ、今の中国におけるEV関連企業の隆盛は、EV産業に対する補助金に支えられているところが大きく、今後補助金の削減と共に淘汰されていくと考えています。生き残るためには、やはり走る・曲がる・止まるを軸に信頼性や快適さといった、自動車としての品質・性能を高めていくことが大きな課題になるでしょう。

弊社は、完成車開発で培った自動車のモノづくりの知見・ノウハウを用いて、パートナー企業の研究開発を支援するプラットフォーム事業も手掛けています。EV事業に新規参入する企業に様々な開発ソリューションを提供するプラットフォーマーとして、中国市場には日本が得意とする高品質・高性能な車づくりに対する、大きな需要が生まれると見ています。

GLMが提供するEVプラットフォーム。自動車の基本である「走る、曲がる、止まる」の部分が完成しているため、自動車開発の経験がない素材メーカーでも、走行可能なコンセプトカーとして仕立て上げることができる。

――最近、一部欧州メーカーから「電動車以外の開発をやめる」といった発表も聞かれますが、今後ICEは消えていく技術だと思われますか?

仙北屋氏:歴史のところでお話しましたが、ICEなのかEVなのかは、インフラに左右される部分が大きいです。未だ電気を十分に用意できない国もありますし、グローバルで見れば、むしろそういう地域の方が多いかもしれません。石油は電気よりも低コストで保存・運搬ができますし、世界的に見ればICEが無くなることはないでしょう。

先進国と呼ばれる地域では、ICEはどんどん少なくなっていくと思いますが、レンジエクステンダー(注:EV用の車載発電機)という形でICEは残るのではないでしょうか。もちろんエンジンの熱効率を50%、60%と高めていくような研究も続いていますし、しばらくは多様性が進んでいくと思います。

次回後編は「EVの目指すべき未来」と題して、お話を伺います。


仙北屋紀史(GLM株式会社 営業本部営業部部長兼技術本部PM)
大学在籍時に自動車工学を専攻。在学中は「ル・マン プロジェクト」に在籍し、林義正氏に師事する。卒業後は自動車部品メーカーでレーシングカーや量産試作車の研究開発業務に携わった後、2019年からGLMにて現職。昨今の直列6気筒エンジン復権に注目している。

取材協力先

GLM株式会社

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ライタープロフィール
後藤 銀河
アメショーの銀河(♂)をこよなく愛すライター兼編集者。エンジニアのバックグラウンドを生かし、国内外のニュース記事を中心に誰が読んでもわかりやすい文章を書けるよう、日々奮闘中。


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