製造業における「AIと画像認識」技術の導入実態。AI導入の事例と求められる人材像――キカガク 祖⽗江誠⼈氏

株式会社キカガク 執行役員 祖⽗江誠⼈氏

本連載では、製造業におけるAI導入の現状や課題などを中心に、AIや機械学習の教育事業展開する株式会社キカガク 祖⽗江誠⼈氏にお話を伺ってきました。

第1回は「AI導入に必要となるエンジニアのスキル」、第2回は「AI導入に向けての課題」を紹介し、最終回となる第3回では「AI導入事例と求められる人材」について、お届けします。(執筆:後藤銀河)

――今回の連載のテーマは「AIと画像認識」としていますが、製造業の中でAIに対する需要が高いのは、やはり画像認識の領域になりますか?

[祖父江氏]AIを適用できる領域としては、画像認識以外にも、センサーデータに対する処理というニーズがあります。工程の中でデータの異常を検出したり、原因を追究したり、というものですが、画像認識が目に見えて分かり易いということもあり、注目されやすいですね。費用対効果という視点でも、例えばAI検査を導入すると検査員を10人減らせるとか、メリットが分かり易い。

ただ、実際に現場の方の話を聞くと、センサーデータの異常を検知したり、その異常の原因がどこにあるのかを推定したり、というニーズが一番大きいかもしれません。

――センサーデータの処理は、画像認識よりも難しいということでしょうか?

[祖父江氏]ディープラーニングという技術革新があり、多層ニューラルネットワークによる学習や、演算能力の高いGPUの登場、そして情報ネットワークを通じたビッグデータの収集など、画像と自然言語についてはブレークスルーがありました。その一方で、データ解析については、まだまだ難しいところがあります。

製造業では、過去に蓄積してきた検査データがありますから、それを活用したいというニーズが先にあります。ですが、初めに問題設定があり、その問題のためにデータを用意するという進め方ではないため、既存のデータに基づくモデルを構築しても、高精度にNGが検出できるかというと、これが難しい。一般的にOKデータは大量にありますが、データをもとに判定ができるようなデータセットになっていないことも原因の一つだと思います。

製造業でのAI導入事例

――画像処理の導入事例をご紹介いただけますか?

[祖父江氏]自動車部品メーカーで、部品のトレーサビリティのために貼られているQRコードの読み取りに利用しているケースがあります。文字を認識するにはOCR(Optical character recognition:光学文字認識)というソリューションがありますが、単なるOCRの代わりにディープラーニングを使うと、モデルを構築してデータを認識させることで、部品に貼られたQRコードから、いつどこから搬入され、どこのラインに入るのか、そこでどの車両に使われるのかといったトレーサビリティ情報も同時に取得できるようになります。

これまでの画像認識技術では、何とか文字を浮かび上がらせて、文字が曲がっていた場合は、補正してから認識させていました。これがディープラーニングを使うと、画像を撮るだけで、文字補正などの前処理をしなくても、その部品の行き先までトレースでき、精度を上げることができました。

別の事例では、生産工程でのネジの分類作業があります。一言にネジといっても形や大きさは千差万別で、例えば自動車で使われるネジは6万種類くらいと言われています。この事例の企業では、製造ラインの横にカタログを持った職人さんがいて、箱に入ったネジが搬入される毎に、どこに使われえるネジなのかを分類しています。そこでAIを使って、この分類工程を自動化しようと取り組んでいるのです。

AIの導入では、後工程に余裕を持たせるという発想が必要

[祖父江氏]AIによる分類精度は、現状で80%くらいは出るようになっています。第2回の「AI導入に向けての課題」でも触れたように、人間のように100%近い分類結果が出せなくとも、ライン全体で見て100%になれば良いので、AIを導入する工程はラインの中間に置くのが良いでしょう。ラインの後半に入れるよりも、中間に入れることで、実際にミスがあったとしても後工程でリカバーできる余地を持たせるよう、上手に全体設計する必要があるわけです。品質保証のために重要な最終工程を、AIで自動化できるようになるのはまだ先のことかもしれませんが、中間に置くことでAIのミスをカバーできるという考え方です。

AIの特性を理解し、「ヒューマンインザループ」も考えた全体設計が大切

――今後、どのような業種にAI研修の導入を進めようとしていますか?

[祖父江氏]業界別だと、製造業と医療系、小売業の3分野に展開していこうと考えています。それぞれの業界のお客さまと一緒に考えながら、AIをどう活用していくのかという点に注力していこうと思っています。推論環境やモデルの構築に関しては多くの事例がありますが、AI導入には業界知識が必要で、実際に現場で使えないと意味がありませんから。

AIプロジェクトの成否は、絶対に必要だと強く語れる熱量にある

――AIを導入するにあたり企業が求める人材については、どのようにお考えですか?

[祖父江氏]企業の規模によっても変わってくると思いますが、実際に導入できた事例をみると、キーパーソンは現場のゴリゴリのエンジニアというよりは、工場の現場への理解があり、コミュニケーション能力、プレゼン能力があって、AIを使った仕組みが絶対に必要だと情熱を持って語れる人ですね。

この技術で会社を変えるという意気込みこそが導入成功のカギだと語る祖父江氏

[祖父江氏]「AIは凄い技術だ」という知識だけではなく、熱意を持って諦めずに、この技術を使って会社を変えると言える人。現状の課題を見て、将来のあるべき姿を考えて、そのギャップを埋めるためにはこの技術が必要だという課題意識と、解決策の提案ができること。実際には、提案もできて実装もできるような人はほとんどいませんから、伝える人と実現する人がいて、チームとして機能するほうが、導入の際には効率的だと思います。

――では、AI人材がいないという企業は、どのように進めていくべきでしょうか?

[祖父江氏]今は世界中にAIの勉強をできるオープンなリソースはいくらでもあります。弊社も2020年4月2日に、文系・理系やプログラミング経験の有無などを問わず、誰でも無料で AI について学ぶことができる、オンライン学習資料「KIKAGAKU」を公開しました。こうしたリソースを利用して、AIで実現できること、メリットやデメリットなどの理解を深めることはできます。もちろん、コストをかけても着実にアウトプットが出せるような法人向けの研修を利用するのもよいでしょう。

実は、2018~19年頃、多くの企業が課題解決のためのAI開発を、外部のベンダーに丸投げして外注し、悉く失敗したことがあります。これは、AIの活用には、導入企業のビジネスや業界の知識が必要だという前提があるからです。その前提知識があるからこそ、課題や問題点が理解でき、それを解決するためのAIが考えられるわけです。

――ソフトウェアが本業でない製造業では、開発を外注したほうが、技術的にもコスト面でも有利という考え方が一般的だと思いますが、それではうまく行かないので、内製化すべきということでしょうか?

[祖父江氏]AIに特化したAIベンダーを使うのであれば、丸投げではなく、上手にコミュニケーションを取りながら双方の橋渡しをする人材が必要になるでしょう。内製化については、5年10年というスパンで眺めれば、元々ビジネスや業界の知識がある人に対して、AI開発をインプットしていくほうが効率的だと考えています。日本的な発想なのかもしれませんが、外部に任せるよりは自分のところで回していきたいと考える企業は多いと思いますし、弊社の法人向け研修は内製化も視野に入れたプログラム構成にすることも可能です。

AIはビジネス面で大きなメリットを生み出す可能性を秘めた技術です。これからも多くの企業の方々に、AIという素晴らしい技術を活用していただくための支援を続けていきたいと思います。


祖⽗江誠⼈(株式会社キカガク 執行役員)
高知市役所を退職した後に上京し、これからのAI技術の重要さを知り独学で勉強を開始。2018年株式会社キカガクへ入社。新規事業部に配属となり、中部地方で製造業向けのAI技術研修事業の立ち上げに携わる。2020年4月より現職。

取材協力先

株式会社キカガク


ライタープロフィール
後藤 銀河
アメショーの銀河(♂)をこよなく愛すライター兼編集者。エンジニアのバックグラウンドを生かし、国内外のニュース記事を中心に誰が読んでもわかりやすい文章を書けるよう、日々奮闘中。


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